種苗法改正「許可」「持ち出し」とは?なぜ反対?種子法との違いも解説

画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: 7d776be3094192e022bdd3dc1af6901d-1024x538.webp

最近、「種苗法(しゅびょうほう)」という法律の改正が、ニュースやSNSで話題になっているのを目にしたことはありませんか?

特に、日本が誇る美味しいブドウ「シャインマスカット」などが、海外に流出して無断で栽培されている…なんて話を聞くと、「え、大丈夫なの?」と思いますよね。

こうした問題が実際に起こっていることから、日本の優れた品種を守り、新しい品種開発をもっと活発にするために、2020年に種苗法が改正されました。

しかし、この改正、「農家の権利が奪われる」「食の安全が脅かされるのでは?」といった心配や反対の声も多く上がっています。

一体、何がどう変わって、なぜこれほど議論を呼んでいるのでしょうか?

この記事では、

  • そもそも「種苗法」ってどんな法律?
  • 改正で何が変わったの?(特に重要な2つのポイント)
  • なぜ反対する声があるの?(様々な立場からの意見)
  • よく混同される「種子法」とは何が違うの?

といった疑問について、できるだけ分かりやすく、網羅的に解説していきます。

私たちの「食」にも深く関わる、大切なテーマです。一緒に考えていきましょう。

1. そもそも「種苗法」とは? – 新品種の「権利」を守るための法律

まず、「種苗法」という法律そのものについて、簡単にご説明しますね。

新しい植物の品種を開発するには、長い時間とたくさんの費用、そして大変な労力がかかります。病気に強いお米、甘くて大きいイチゴ、美しい花…。これらは、開発者(育成者)の努力の結晶です。

種苗法は、こうした新品種を開発した人の「権利(育成者権)」を守るための法律なんです。

ちょうど、発明を守る「特許権」や、音楽や小説を守る「著作権」のようなものだとイメージしてください。

育成者の権利がきちんと保護されることで、

  • 「よし、頑張って新しい品種を開発しよう!」という意欲が湧く
  • 開発にかかったコストを回収しやすくなる
  • 結果として、より良い品種がどんどん生まれてくる

という、良い循環が生まれることを目指しています。

ただし、どんな植物でも保護されるわけではありません。
保護の対象となるのは、国(農林水産省)に申請し、審査を経て登録された「登録品種」に限られます。昔からある在来種や、一般的に広く栽培されている品種(一般品種)は、この法律の保護対象ではありません。

2. どこが変わった?種苗法改正の2つの重要ポイント(2020年改正)

さて、ここからが本題です。2020年の種苗法改正で、特に大きく変わり、議論の中心となった点が2つあります。

  1. 登録品種の海外への「持ち出し」が原則禁止に
  2. 農家による登録品種の「自家増殖」に「許可(許諾)」が必要に

この2つのポイントについて、それぞれ詳しく見ていきましょう。

2-1. ポイント1:登録品種の海外への「持ち出し」が原則禁止に

日本の農作物は、品質が高く、海外でも非常に人気があります。しかし、その種や苗が海外に流出し、無断で栽培されてしまうケースが後を絶ちませんでした。

そこで今回の改正では、国に登録された品種(登録品種)の種や苗を海外に持ち出すことが、原則として禁止されました。

「原則禁止」ということは、例外もあるの?

はい、その通りです。
育成者(権利を持っている人)が、輸出する国や地域を指定したり、「この国でなら栽培しても良いですよ」と許可(許諾)したりした場合には、持ち出すことが可能になります。

これにより、育成者がコントロールできない形での海外流出を防ぎ、日本の大切な「知的財産」である優良品種を守ろうとしています。

これは、植物の新品種の権利を国際的に保護しようというルール(UPOV条約:植物新品種保護国際同盟条約)の流れとも合致する動きです。

2-2. ポイント2:農家による登録品種の「自家増殖」に「許可(許諾)」が必要に

こちらが、特に国内で大きな議論を呼んだポイントです。

「自家増殖(じかぞうしょく)」という言葉、聞き慣れないかもしれませんね。
これは、農家さんが 購入した登録品種の種や苗から収穫物を得て、その収穫物の一部(種やイモ、挿し木など)を、次の作付けのための種苗として使うこと を指します。

これまでは、農家さんはこの自家増殖を、原則として自由に行うことができました。(一部例外を除く)

しかし、今回の改正で、登録品種については、この自家増殖を行う際に、育成者の「許可(許諾)」が原則として必要になったのです。

えっ、じゃあ農家さんは自由に種採りできなくなるの?

そう心配する声が多いのですが、ここで非常に重要な注意点があります。

この自家増殖の制限は、あくまで「登録品種」に限った話です。

  • 昔から地域で受け継がれてきた「在来種」
  • 品種登録されていない、あるいは登録期間が切れた「一般品種」

これらについては、これまで通り、農家さんは自由に自家増殖できます。 この点は、誤解されやすいので強調しておきます。

では、なぜ登録品種の自家増殖に許諾が必要になったのでしょうか?
主な目的は、以下の2点です。

  1. 育成者権の保護強化:
    自家増殖が自由だと、育成者は最初の種苗販売でしか収益を得られず、開発コストの回収が難しくなる場合があります。許諾制にすることで、育成者の権利をより確実に保護し、新品種開発への意欲を高める狙いがあります。
  2. 国際的なルールとの整合性:
    海外の多くの国が加盟しているUPOV条約(1991年版)では、自家増殖は育成者権の例外的な扱いとされており、権利者の許諾を基本とするのが国際標準となりつつあります。これに合わせる形となりました。

3. 「なぜ反対?」多様な立場から見る改正への懸念点

この種苗法改正、特に「自家増殖の許諾制」に対しては、様々な立場から心配や反対の声が上がりました。なぜでしょうか? その理由を多角的に見ていきましょう。

3-1. 農家の権利・経営への影響

  • 自家増殖の権利制限への反発: 長年、当たり前のように行ってきた自家増殖が制限されること自体への反発があります。「農家のささやかな権利まで奪うのか」という声です。
  • 許諾料負担による経営圧迫: 育成者から許諾を得る際に、許諾料(ロイヤリティ)が発生する可能性があります。これが新たなコストとなり、特に規模の小さい農家の経営を圧迫するのではないか、という懸念です。
  • 伝統的な農業への影響: 地域によっては、登録品種を自家増殖しながら、その土地の気候風土により適した種を選抜・維持してきた農家さんもいます。特に有機農業や自然農法に取り組む農家の中には、こうした自家採種を重視する人も多く、許諾制によってそのような農業がやりにくくなるのでは、という心配があります。

3-2. 食料安全保障・種の多様性への懸念

  • 種苗価格の高騰と寡占リスク: 許諾料が上乗せされることで、種や苗全体の価格が上がるのではないか。また、種苗の供給が、一部の大手種苗会社(多国籍企業を含む)に集中し、農家や消費者の選択肢が狭まるのではないか、というリスクが指摘されています。
  • 品種の多様性が失われる可能性: 育成者が許諾を出しにくい品種や、許諾料が高額な品種は、次第に作られなくなるかもしれません。そうなると、地域の気候や病害虫に適応してきた多様な品種(遺伝資源)が失われ、将来的な気候変動への対応力が弱まるのではないか、という懸念です。
  • 食料主権への影響: 「食料主権」とは、国や企業ではなく、市民や農家自身が食料や農業のあり方を決める権利のことです。自家増殖の制限が、この食料主権を脅かす一歩になるのではないか、という意見もあります。

3-3. 消費者・市民からの視点

  • 遺伝子組み換え(GMO)作物普及への不安: 直接的な関連はないものの、種苗の権利管理が強化されることで、将来的に遺伝子組み換え作物が普及しやすくなるのではないか、という漠然とした不安の声も聞かれました。
  • 地域固有品種と地産地消への影響: 自家増殖が制限されることで、地域に根ざした品種の維持が難しくなり、結果として画一的な品種ばかりになってしまうのでは? それは「地産地消」の流れにも逆行するのではないか、という懸念です。

3-4. 情報不足・手続きへの不安

  • 説明不足への批判: 改正案の内容や、農家への具体的な影響について、国からの説明や、現場の意見を聞く機会が十分でなかった、という批判がありました。
  • 手続きの煩雑化: どの品種が登録品種で、誰に、どのように許諾申請すれば良いのか? その手続きが煩雑になるのではないか、という不安の声も上がっています。

(補足)多様な意見

一方で、この改正を肯定的に捉える声もあります。

  • 育成者の立場: 時間とコストをかけて開発した新品種の権利がしっかり守られることで、開発への投資が回収しやすくなり、さらなる新品種開発への意欲につながる、と期待する声です。
  • 一部の農家(若手・新規就農者など): 最新の優良品種を積極的に導入したいと考える農家の中には、育成者権が強化されることで、より質の高い品種が開発・供給されることを歓迎する声もあります。

このように、様々な立場から多様な意見が出ているのが、この改正の特徴です。

あわせて読みたい

[(ダミー)種苗法改正、農家の現場ではどう受け止められている?]() 多くの農家さんが心配している自家増殖の許諾制。実際にどのような影響が出始めているのか、現場の声を集めてみました…

4. 「種子法」とは違う?廃止された法律との関係整理

ここで、種苗法とよく混同される、もう一つの法律について触れておきましょう。
それは「種子法(主要農作物種子法)」です。

この「種子法」は、2018年に廃止されました。

「え? 種の法律が廃止されたの?」と驚くかもしれませんが、種苗法とは目的も対象も全く異なる法律でした。

種子法とは?

  • 目的: 国民の食料(主食)の安定供給を確保するため。
  • 対象: 日本の食料生産に不可欠な主要農作物(お米、麦、大豆)に限定。
  • 内容: これらの作物の優良な種子を、都道府県が責任を持って安定的に生産し、農家に手頃な価格で供給することを定めていました。いわば、公的な種子供給システムを支える法律でした。

種苗法との違いを整理すると…

項目種苗法(改正後)種子法(廃止)
目的新品種の育成者権保護、開発促進主要農作物の種子の安定供給・普及
対象全ての植物の「登録品種」主要農作物(米・麦・大豆)の優良種子
現状改正され、育成者権が強化された廃止された
ポイント知的財産権の保護公的な種子生産・供給体制の維持

このように、種苗法は「権利」を守る法律、種子法は「安定供給」のための法律であり、全く別物です。

種子法廃止後の動き

種子法が廃止されたことで、「公的な種子事業が縮小・後退してしまうのではないか」「種子の価格が高騰したり、供給が不安定になったりするのではないか」という懸念の声が上がりました。

こうした懸念から、都道府県レベルで、独自の「種子条例」を制定し、これまで通り公的な種子生産・供給体制を維持しようとする動きが広がっています。

種苗法の「改正」と、種子法の「廃止」。
この2つは直接連動するものではありませんが、どちらも日本の「種」をめぐる重要な動きとして、セットで語られることが多いのです。

あわせて読みたい

[(ダミー)種子法廃止ってどういうこと?私たちの食卓への影響は?]() 2018年に廃止された種子法。なぜ廃止されたのか、そして廃止によって何が変わり、どんな影響が考えられるのかを解説します…

まとめ:種苗法改正をどう捉えるか – 改正後の動向と今後の視点

さて、ここまで種苗法改正について詳しく見てきました。
内容をもう一度おさらいしましょう。

  • 種苗法改正の背景: 日本の優良品種の海外流出防止と、新品種開発の促進が主な目的。
  • 主な変更点:
  • 登録品種の海外持ち出しが原則禁止(育成者の許諾があれば可能)。
  • 農家による登録品種の自家増殖に、育成者の許諾が原則必要に(在来種・一般品種は対象外)。
  • 議論のポイント: 農家の権利・経営への影響、食料安全保障や種の多様性への懸念、消費者・市民の不安、情報不足など、様々な立場から反対・懸念の声が上がった。一方で、育成者権強化を歓迎する声もある。
  • 種子法との違い: 種苗法は「権利保護」、廃止された種子法は主要農作物の「安定供給」が目的であり、別物。

改正後の状況(2024年現在)

改正法の施行から数年が経ちました。
現場では、以下のような動きが見られています(※状況は常に変化します)。

  • 許諾料: 多くの登録品種について、自家増殖の許諾料は無料または比較的低廉な価格に設定されるケースが多いようです。ただし、品種によっては高額になる可能性もゼロではありません。
  • 手続き: 農林水産省などが相談窓口を設け、許諾手続きに関する情報提供やサポートを行っています。しかし、依然として手続きの煩雑さを指摘する声もあります。
  • 影響: 実際の農業経営や品種の多様性にどの程度影響が出ているかについては、まだ評価が定まっておらず、引き続き注視が必要です。新品種開発が活性化したかどうかも、もう少し長期的に見る必要があるでしょう。

今後の視点

種苗法改正は、「育成者の権利保護」という重要な要請に応えるものである一方、「農家の経営安定」「食料安全保障」「種の多様性維持」といった、これまた重要な価値との間で、どうバランスを取っていくか、という難しい課題を私たちに投げかけています。

法律は作って終わりではありません。
今後、この改正が実際にどのように運用され、農業現場や私たちの食にどのような影響を与えていくのか。

私たち一人ひとりが、継続的に関心を持ち、情報を得て、考えていくことが大切なのではないでしょうか。

この記事が、種苗法改正と種子法について理解を深める一助となれば幸いです。