植物工場の定植、詰めて植えても売れる量は増えない|密度は出荷から逆算して決める
定植のとき、「1㎡に何株入れるか」を、その場の作業の都合――速く植えられるか、ロスが出ないか――で決めていないでしょうか。じつは、その株の詰め方(密度)こそが、最後に「規格を満たして売れる重さ」をどれだけ取れるかまで決めています。しかも厄介なのは、株を詰めて植えても、売れる重さのほうは増えないことです。手元の作業設定だと思っていた密度は、ほんとうは出荷の入口でした。
なお、ここで話すのは「一株の仕上がりサイズ(個重)で出荷する結球葉物や大株の葉物」を想定した密度の話です。ベビーリーフのように本数や総量で売る品目では、一株が規格を割るという損が出にくいぶん、ちょうどいい密度はもっと詰めた側に寄り、これから書く「詰めすぎは損」という結論はそのままは当てはまりません。ただし、そこも詰めるほど得というわけではなく、結局は生長と詰め方のバランスで最適点が決まります――詰めれば一株の生長が落ちて、面積あたりの量もやがて頭打ちになり、品質や収穫性も崩れる。釣り合いどころが品目で違う、というだけの話です。
定植密度は棚で売れる重さまで決めている
毎日のように苗を植えていると、目はどうしても「もっと速く、もっとロスを少なく」に向きます。1人あたり何枚さばけるか、活着でどれだけ落とさないか。その物差し自体は大事です。ただ、「1㎡に何株入れるか」という密度だけは、その速さの感覚で決めてしまうと、収穫のしやすさや、棚あたりで売れる重さが、後ろのほうで削られていきます。なぜ密度ひとつが収穫の手間や売れる重さまで一筆書きで決めてしまうのか、順にほどいていきます。
密度は、品種ごとに「これくらい」という数字が一応決まっています。ただ、その数字を詰め気味にした株は、あとで収穫するときに手間取ります。隣と葉が組み合って、外葉をかき分けて根元を探す感じになり、1株にかける時間がじわっと増える。植えるときは速く詰められて気持ちいいのに、収穫の手元が遅くなっている。しかも、詰めて植えた棚は見た目こそびっしりで取れ高がありそうなのに、1株が小ぶりに上がってきて、量ってみると「狙ったサイズに届く株」が思ったほど取れていない。植える間隔は、その場の作業の都合だけでなく、最後に量って売れる重さまで効いている。
詰め気味にしたときの「収穫が遅い」と「規格に届く株が減る」は、別々の不満に見えて、同じ一本の線の上にあります。植える間隔について、運用で効く三つの面に絞ります。一つ目は作業の詰め方、二つ目が一株が確保できる受光面積、三つ目が収穫のときに手が入る隙間。詰めるという一つの操作で、この三つが連動して動きます。だから植えるときに気持ちよく速くなったぶんは、そっくり受光面積と収穫の隙間の側から引かれていきます。
「売れる重さ」のほうから話します。棚の上に降ってくる光の量は、密度を上げても増えません。結局、その一定の光を株数で分け合っているだけです。株を増やすと一株の取り分が減って小ぶりになる。ここで間違えやすいのですが、面積あたりの収穫総量(グロスで量った重さ)は、株数を増やせばある密度まではむしろ伸び続けます。実際、人工光型のレタスで株間を変えて比べた実験でも、密に植えるほど面積あたりの収量は増えていきました。頭打ちになるのは総量のほうではなく、「狙った仕上がりサイズに届いて、規格として出荷できる重さ=売れる重さ」のほうです。詰めると一株が小ぶりになって、ある密度から狙う仕上がりサイズを割り始める。量ると総量は出ているのに、規格に届く株が減っていて、売れる重さで負ける。びっしり見えるのに「使える重さ」が伸びていないのは、たいていこの「規格を割った小ぶりの株が増える」効きが出ている証拠です。しかもそこには、収穫で外葉をかき分ける手間と、あとで見る歩留まりの目減りが乗ってきます。
収穫が遅いほうは、隙間を自分で削った結果です。葉が組み合うのは、隣の株の領域に葉先が入り込むまで詰めたということ。外葉をかき分ける動作は「足りない隙間を手で取り戻している」時間です。1株あたり数秒でも、棚と日数で積むとかなりの工数になります。
だから密度は、「植える側の上限」ではなく「収穫する側と棚で売れる重さから引いてくる」順番で決めるほうがいい。まず狙う一株の仕上がりサイズと、収穫の手が気持ちよく入る隙間を先に置く。そこから逆算して間隔を決め、植える速さは最後に折り合いをつける。次に試すなら、いつもの密度と一段空けた密度を同じ品種で隣に並べ、棚あたりで規格に届いた重さと、収穫一株あたりの秒数、この二つだけ測って比べる。「詰めたほうが棚で負けている」場面が、思ったより早く見えてくるはずです。どの密度帯から規格割れが効いてくるかは作物・品種・光量で動くので、自分の現場の標準密度がその手前にあるのか向こうにあるのかは、この隣並べで確かめるしかありません。
ここで一つ、似た物理と取り違えないようにしておきます。植物工場の運転値には「ちょうどいい範囲があって、超えると効きが鈍る・逆に効く」形をとるものがいくつかあります。養液の流速がそうで、程よい速さは根にちょうどいい刺激になって成長を押し上げるのに、速すぎると根が締まって表面積が減り、かえって生育そのものが落ちます(参考: 1, 2)。養液の塩分(EC)も、ある範囲までは収量が大きく落ちないのに、ECが高くなると収量が一気に下がっていきます(参考: 3, 4)。ただ、密度はこれらとは効き方が違います。流速やECは最適域を超えると生育・収量そのもの(=面積あたりの総量)を下げますが、密度を上げても面積あたりの総量はしばらく伸び続け、効いてくるのは「一株が規格を割る」という別の出口です。だから詰めすぎの害は、総量の頭打ちとして出るのではなく、規格割れ・収穫の手間・歩留まりとして出る。流速やECを下げすぎ・上げすぎたときの感覚で密度を読むと、ここを取り違えます。
密度を決めているのは品種ではなく光と仕上がりサイズ
密度は品種ごとに決まっている――そう思っていないでしょうか。よく考えると、その数字は品種で決まるというより、棚の上にどれだけ光が届いているか、その株をどのサイズで上げたいか、で決まってくるものです。ただし「どこまで詰められるか」のほうは品種の葉姿で変わってきます(これは後半で扱います)。決めているのは光と仕上がりサイズ、その限界を引くのが葉姿、という二段で見てください。

人工光型なら、ここはむしろ単純です。光は LED でほぼ通年一定なので、「季節で光が変わるから密度を変える」という話になりません。しかもラックは、どの段にも同じパネルを同じ高さで付けて、光を段によらずそろえる前提で設計されているのが普通です。だから密度も、段ごとに細かく振り分ける――という話には、本当はならない。狙うサイズと、その設計上どの段にも届いているはずの光から、基準を一つ決めて全段で持つ、が筋です。
引っかかるのは、「同じ間隔で植えても、上の段と下の段で上がり方がちょっと違う」という経験のほうでしょう。ただ、その差の犯人はたいてい光ではありません。設計で光はそろえてあるので、残って効いてくるのは温度と気流のムラ――熱は上の段にこもりやすく、風やCO₂の回り方が段や位置でそろわない――のほうです(光側で残るとすれば、段差というより、同じ段でパネル端の株が中心より弱い、パネルの経年や高さのずれ、くらい)。だから、ある段がいつも小ぶりに上がるなら、まず疑うのは温度や気流で、そこは株間ではなく環境・設備で直す話(後述)。密度を段ごとにいじって追いつかせようとすると、定植もパネルも管理が煩雑になるわりに、肝心の原因は手つかずのまま、になりがちです。
この「場所がそろわないと取れ高もそろわない」は、感覚だけでなく、測ると無視できない差として出ます。閉鎖型チャンバーで気流のムラを調べた実験では、流れの強い中央のトレイのほうが、流速が上がりすぎて(最適域を超えて)かえって乾物重が側方より平均33.5%低くなっていました(参考: 5)。気流を均一に直すと、トレイ間のばらつきもはっきり小さくなる。これは研究用チャンバーでの単発の値ですが、「段差の正体は光より温度や気流のことが多い/均一化で取り戻せる」という向きは、現場の段差ともそのまま重なります。
本数ではなく一株が広げる円で見る
詰めたくなる。この気持ちに覚えはないでしょうか。狙うサイズから逆算して間隔を決める、と頭ではわかっていても、現場の手は「もう少し詰めれば本数が稼げる」に引かれがちです。本数で帳尻を合わせたくなる。でも、その「あと少し」は、たいてい売れる重さの側で負けています。

そもそも「詰めたくなる」のは、植える時点で本数が目に見える数字で出てくるからです。何株植えたかはその場でカウントできるけれど、収穫の秒数や規格に届いた重さは、ずっと後にならないと出てこない。手前の数字だけ見て決めてしまう構造になっているのです。だから、植えるときに後ろの重さや手間を意識し続けるための、手元の目安が要ります。
本数が即で出て、重さと秒数が後から返る。この時間差そのものが「詰めたくなる」の正体です。手前にある数字に手綱を引かれているだけで、欲張りなわけではありません。
手元に置くとよいのは、本数ではなく「一株が広げる円」のイメージです。植えるとき、狙うサイズに上がった葉張りの円を一株ずつ頭に描いて、その円が隣とどれくらい重なるかだけを見る。円がぶつかって食い込み始めたら、それが「光を取り合って規格を割る」と「収穫の手が入らない」の両方の前借りです。本数という前向きの数字を、面積という後ろ向きの数字に翻訳して見ているわけです。
もう少し物として残したいなら、定植パネルに狙うサイズの葉張りと同じ直径の丸を一個描いておく。植えるたびに、その丸と目の前の株間を見比べる。丸より詰まっていたら前借りしている、と一目でわかる目印になります。パネルが穴ピッチ固定でその場では動かせなくても、次にどの穴ピッチ/どのパネルを使うかを決めるときの目安になります。
詰めれば本数が稼げる、という気持ちは、測ると逆に裏切られます。詰めて本数を増やしても、一定の光をさらに細かく割るだけ。一株がもっと小ぶりになって規格を割り、棚で売れる重さは増えず、むしろ収穫で外葉をかき分ける時間だけが増える。だから隣並べは、いちばん「もう少しいけそう」と詰めたくなる棚でこそやってみるとよいのです。「本数で帳尻」が棚で売れる重さでは合っていないと数字で出れば、手前の数字に引かれる癖がほどけていきます。
「外葉をかき分ける時間」がじわっと効くという話は、ある植物工場の事例研究でも裏が取れます。そこでは収穫が、すべての工程の中でいちばん時間のかかる工程として挙げられている。同じ施設の6か月の観察では、収穫の労働生産性は1人1時間あたり1.5〜6.0kgとかなり幅があり、ここをどう詰めるかが効く、とされています(参考: 6)。単一施設の事例なので数字をそのまま自分の現場に当てるものではありませんが、「植える速さより収穫の手元のほうが工数を持っていく」という見立てとは、方向がそろっています。
詰めすぎは歩留まりとして遅れて出てくる
円が重なると、売れる重さや収穫の手間だけでなく「歩留まり」も削れます。こういう経験はないでしょうか。詰めて葉が組み合うと、株の内側に風(蒸散をうながす空気の流れ)が届きにくくなって、内葉の先が枯れる――いわゆるチップバーンのような出方が、品種によっては増える。同じ密度でも崩れやすい品種とそうでない品種があり、密度を詰める判断と品種の選び方は、つないで見るものです。

ここで一つ正直に置いておくと、チップバーンそのものを動かしている主な要因は、成長の速さ(光・温度)と、内葉までカルシウムを運ぶ蒸散(湿度・気流)、それに品種差です。密度を詰めること自体が枯れを直接増やす、という形で実験されたわけではありません。密度は、この三つの条件が悪く出るのを後押しする一因、というくらいに見ておくのが正確です。それでも、詰めて葉が組み合うと中心の空気がよどみやすくなるのは確かで、崩れやすい品種ではそこが効いてきます。
詰めて葉が組み合ったときの歩留まりの崩れは、さきほどの「円が重なる」とまったく同じ現象の、別の出口です。円が食い込むと、光と収穫の手の前借りに加えて、もう一つ「株の内側に風(蒸散をうながす空気)が通らない」が起きやすくなる。葉が密に重なって株の中心がふさがると、そこだけ空気がよどんで蒸散が滞り、内葉にカルシウムが届かず先が枯れてくる(チップバーン)。つまり密度を詰めるという一つの操作が、規格に届く重さ・収穫の秒数・歩留まりの三つにまとめて効いていて、歩留まりはそのなかでいちばん遅れて、しかもまとまって出てくる出口です。
ここで品種の差が効いてきます。葉が立って株間に隙間が残りやすい品種は、多少詰めても中心が蒸れにくく、円の重なりに対して粘ります。逆に葉が寝て巻き込む品種や、もともとチップバーンが出やすい品種は、中心がふさがりやすいぶん詰めに弱い。密度そのものを振った研究があるわけではないのですが、現場の感覚では、ある密度を越えたあたりから枯れ株が目立って増えてくる、という出方をします。だから「崩れやすい品種ほど円を大きめに見て、重なる手前で止める」のが基本で、品種ごとにその円の直径を、崩れにくいものより一回り大きく取ることになります。
つなぎ方としては、測り方は同じでかまいません。隣並べで重さと秒数を取るときに、もう一列「枯れ・廃棄の株数」を足すだけ。崩れやすい品種では、規格に届く重さが頭打ちになるより手前で歩留まりが先に落ち始めるので、その品種は重さのピークではなく「歩留まりが落ち出す一歩手前」を上限にする。崩れにくい品種は重さのピークまで攻めていい。そうやって品種を「攻めていい円の大きさ」で二択くらいに仕分けておくと、密度の判断と品種選びが一本の線でつながります。
「詰めて葉が組み合うと、内側に風が入らず内葉の先が枯れる」という見立ては、チップバーンの研究とよく噛み合います。水耕レタスのチップバーンは、株の内側の若い葉でカルシウムが不足することと結びついていて、そのカルシウム不足は、蒸散で運ばれるカルシウムが外葉のほうに偏って内葉に届きにくいことから起きる、と説明されています(参考: 7)。だから外から養分を足しても、詰まった内側には届きにくい。一方で、栽培ベッドに沿って水平の気流を通すと――おおむね0.28m/秒以上で――チップバーンがはっきり減り、温度をいじるだけでは効きにくいこと、そして感受性は品種で大きく違い、28品種を比べた研究でも発生のしやすさはバラバラだったことが分かっています(参考: 8)。「崩れやすい品種ほど円を大きめに」という仕分けは、ここと噛み合います。
さらに、光を強めて生長を速めるほどチップバーンも出やすくなるというトレードオフも、複数の研究で報告されています(参考: 9, 10)。
現場で詰め切る範囲と設備に渡す範囲を分ける
ここまでは現場の運用で動かせる範囲の話ですが、もう一段引いたところもあります。さきほどの段ごとの育ちのムラ――温度や気流の偏り、あるいはパネルの配置や経年――が、取れ高の頭を押さえている。こんな状況に心当たりはないでしょうか。そうなると、それは株間の調整では埋めきれず、空調や送風、ラックやパネルの配置そのもの、つまり環境・設備に遡る話になります。それともう一つ、人件費が気になってくると「いっそ移植を自動化すれば」という方向に話が向きがちですが、そこは導入費や保守、歩留まりへの跳ね返りまで入れて見ないと判断を誤ります。どこまでが定植の現場で詰める話で、どこからが設備や投資として持ち上げる話なのか。その線引きと、自動化に向けたときの現実的な期待値が要ります。
設備の話と現場の話の切れ目は、「測ってもピークそのものが上がらなくなったら設備」と置けます。隣並べで密度を詰め切る作業は、与えられた光と環境の下で、取り分を一株あたりに配り直しているだけです。密度をどう動かしても、降ってくる光の総量も、段にこもる熱も、それ自体は一ミリも変わりません。狙うサイズから間隔を合わせ、隙間も歩留まりもきれいに詰めたのに、それでも段ごとの差が消えない、全体の頭も上がらない。そんな経験はないでしょうか。そこまで来ると、もう株間では埋まりません。そこから先は空調や送風の見直し、パネルの高さや配置、ラックの均し、光源そのものの話で、現場の手ではなく投資の側に持ち上げる線です。だから順番としては、まず密度を測って詰め切る。埋まらない差だけが残ったら、それを設備の検討材料として上に渡す。最初から設備に飛ぶと、本当は配り直しで取れたぶんまで設備のせいにしてしまいます。
自動化のほうは、期待値を一段下げて見ておくのが安全です。移植機が速いのは確かですが、取れ高を決めていたのは植える速さではなく、株間と円の重なり、つまり配置の質のほうでした。自動化が直接効くのは「植える速さ」で、いちばん効くと言ってきた受光面積と収穫の隙間は、機械が速く植えても勝手には良くなりません。ここで一つ補っておくと、人工光型では生育に合わせて機械が株間を広げていく自動スペーシング(二段定植)のような設備もあって、その場合は機械が受光面積の確保を担い、配置の質を一定に保てます。ただ、穴ピッチが固定の升目に置いていく移植機だと、品種や狙うサイズに合わせて株間を変えるような細かい調整は、かえってやりにくくなることもあります。要は、機械が配置の質まで担えるのか、速さだけを足すのかで、見方が変わるということです。
なので自動化を見るときは、植え付けの工数だけでなく、導入費と保守、そして機械の升目に密度を縛られたときに取れ高と歩留まりがどう動くかまで、同じ重さ・秒数・廃棄株数の物差しで入れて比べます。植える秒は確かに減りますが、その物差しで棚で売れる重さが落ちたり歩留まりが下がったりしたら、減った人件費は別のところで取り返されています。逆に、配置の質を保ったまま速さだけ載せられる見込みが立つなら、そこは投資として筋がいい。要は、自動化は「配置の質を一定に保てる前提でだけ、速さを足す」話であって、配置の最適化そのものを肩代わりしてくれる魔法ではない、という温度感です。
「減った人件費が別のところで取り返される」「設備に持ち上げる線」という見方は、採算の研究とも地続きです。人工光型の採算は面積あたりで効く構造で、しかも市場価格への感応度がとても高い。レタスだと、ある試算では、市場価格がわずかに下がるだけで採算の合う最小規模が桁違いに跳ね上がる、と報告されています(参考: 11)。ただしこれは、先進的な栽培技術と想定したコスト構造という特定の前提を置いた一本のモデル試算で、現場の必達面積そのものではありません。それでも「面積あたりでどれだけ規格に届く重さを取れるか」が薄利を左右するという向きははっきりしていて、密度を出荷重量の物差しで見ておくことは、その採算の効きやすさと方向として整合します。もう一つ、密度は一株の大きさだけでなく、その棚を何日ふさぐかという回転にも効きます。面積あたりの採算は密度と回転と単価の掛け算で決まる、という見取り図だけ持っておくと外しません。回転を栽培計画と同期させる側は別の回に譲ります。建設コストには規模の経済もあって、規模が100倍になると単位あたりの建設費は平均で55%下がるとも言われます(参考: 11)。ただしこれは設備側に持ち上げたときの話で、まず現場で配り直して詰め切るほうが先、という順番になります。
毎日残すのは棚あたり出荷重量ひとつでいい
測って比べる話をしてきましたが、こんな心配を持つ方は多いはずです。植えるときも収穫のときも毎日バタバタで、わざわざ秒数を測ったり廃棄株数を別で数えたりは続かない、一回やって満足して終わりそうだ――と。毎日続ける前提で考えると、これだけはサボらず残しておくとよい、という最低限の一個は何になるのでしょうか。
毎日測るのは続かなくて当然なので、常時はやらなくていい。残すならたった一つ、「棚あたりの出荷重量」だけでいいです。ここで言う出荷重量は、収穫した総量ではなく、規格を満たして実際に売れる重さのほうを指します。これは出荷で必ず量るので、新しく増える手間がほぼありません。本数でも秒数でもなく、最後に売れる重さを棚という単位で見ておく。それだけで、詰めて本数を増やした棚が売れる重さで勝っているのか負けているのかが、後から振り返れます。
秒数と廃棄株数は、常時ではなく「気になったときだけ足す」道具に格下げしてかまいません。棚で売れる重さがいつもより伸びていない棚があったら、そのときだけ収穫の手元と枯れ株を見にいく。普段は重さ一本、引っかかったら二つ足す、くらいで十分です。
一回やって満足して終わる問題のほうは、測る回数より「植えるときに円を見る」癖のほうで効かせる。測定は時々の答え合わせで、毎日効くのはパネルの丸と目の前の株間を見比べる一瞬のほうです。そちらは手間がほぼゼロなので続きます。売れる重さを残して時々答え合わせ、植えるたびに円で確かめる――この二つだけ持って帰れば、現場はだいたい回ります。