植物工場の参入企業を数えるな、どこで稼ぐかで仕分けろ
「参入企業 増加」で検索しようとした手を、少し止めてほしい。その数字で確かめたいのは、本当は社数ではないはずです。確かめたいのは、自分が入る余地が残っているか。けれど参入の多さは、有望さの裏づけにも、「もう遅い」の裏づけにもなります。同じ数字が、追い風にも手遅れにも読める。だから数を数える前に、決めておくことがあります。その市場では、どこで稼げているのか——どこでなら、自分が取りに行けるのか。
参入企業は収益構造で分けて見ると見通しがよくなる
「また大手が参入」「あの会社も撤退」。植物工場のニュースには、こういう見出しが定期的に流れてきます。参入企業の顔ぶれを眺める機会も、けっこうあるのではないでしょうか。
そういうとき、つい「これだけ集まるなら有望なんだろうな」と思ってしまいます。ただ、顔ぶれをよく見ていくと、毛色がバラバラなことに気づきます。もともと半導体や電機をやっていた製造業系の会社もいれば、外食や流通から来ているところもあるし、農業ベンチャーのような新しいところもある。最初は「いろんな業界が注目しているんだ、すごいな」と単純に受け取るものですが、ふと、これって同じ土俵で競争しているわけではないのでは、と思えてきます。製造業系は設備やプラントを売りたいのか、自分で野菜を作って売りたいのか、どこで稼いでいるのかがおそらく違う。外食系なら自社の店で使う前提のところが多いでしょう。そう考えると、「参入企業◯社」とひとくくりに数えても、実は全然別のことをやっている人たちが混ざっているだけではないか。企業数の多さ=混雑、と読むのも違うのではないか。
この違和感が入口になります。一列に数えると混雑に見える。けれど実際には、収益をどこで立てているかが企業ごとにまるで違う。だから企業数ではなく「どこで稼ぐか」で並べ替えて見ていきます。
収益の出口、つまりどこでお金を回収するかを、私なりにざっくり整理すると、おおむね三つに分けて見通せます。これは論文の分類ではなく、顔ぶれを見ていて自分が腑に落ちた仕分けです。一つ目は、設備やプラントを売って稼ぐ層。製造業系に多く、彼らにとって野菜は、自社設備の実力を見せるための実演に近いのではないか。売りたいのは装置であって、野菜そのものではない——少なくとも、そう見える会社が目につきます。二つ目は、自分で作った野菜を外に売る生産販売層。農業ベンチャーや専業系がここで、本当に「野菜の値段」で勝負している。三つ目は、外食や流通のように、自社で使うために作る内部消費層。これは市場で野菜を売り合っているわけですらありません。
この三つは、同じ「植物工場をやっている」という看板でも、戦う相手も、利益が出る条件もまるで別です。だから企業数が多い=レッドオーシャン、とは限らない。むしろ大事なのは、自分が狙う販路に、どの層がどれだけ固まっているか、です。スーパーの店頭という同じ棚を生産販売層が取り合っているなら、そこは本当に混んでいる。でも設備を売りたい製造業系は、その棚ではあまり競合しません。逆に、装置の引き合いで競争が激しい領域もある。つまり「参入◯社」という数字は、自社が入ろうとしている販路の混み具合を、ほとんど教えてくれないのです。顔ぶれを収益構造でいったん仕分けして、自分が立つ販路にどの層が来ているかを見る。そこで初めて、まだ誰も濃く埋めていない「空き帯」が見えてきます。
この見立ての一部には、業界調査の裏づけもあります。2010年代を通じて、製造業や半導体・電子機器といった異業種からの新規参入が相次ぎ、施設の大型化も同時に進んだ——複数の市場レポートが、そう報告しています(参考: 1, 2)。ただしそこで言えているのは「参入が増えた」ところまで。その企業が農業で採算をとれているかどうかは、切り離して見る必要があります。あわせて、植物工場を露地農業の置き換えではなく、立地の制約を超えて新しい市場を開くための別の生産様式として捉える見方を、ある研究が概念的に示しています(参考: 3)。同じ「農業をやっている」看板でも出口が違う、という仕分けの土台になるところです。
空き帯は隣の層にどれだけ守られているかで決まる
設備を売りたい層と、棚で野菜を売り合っている層。これまでは、このまるで別の二つが、ひとつの企業数のなかに溶け込んでいました。出口で三つに仕分けると、同じ数字に混ざって見えていた景色が、急にはっきりしてきます。

ここで一つ、気になることはないでしょうか。その三つの層は、ずっと同じ場所にとどまっているのか、ということです。たとえば、設備を売りたかった製造業系が「実演のつもりで作った野菜が、思ったより売れる」と気づいて、だんだん生産販売のほうへ出てくる。そんな移動は、十分に起こりそうです。もしそうなら、いま見えている「空き帯」も、しばらくすれば隣の層が染み出してきて埋まっていくかもしれません。最初に作った仕分けを、そのまま固定では使えないのです。だとすれば、空き帯を見るときは、いまの顔ぶれだけでなく、「どの層が、どっちへ動きたがっているか」まで見ておいたほうがよさそうです。
ただ、染み出しには方向の偏りがありそうです。誰でもどこへでも動けるわけではなく、自分が稼げている出口の隣へ出ていくのが、いちばん無理がない。製造業系が生産販売へ染み出すのは、一見すると起こりやすそうに見えます。設備はもう手元にあるからです。ただ、ここで気をつけたいのは、「あとは『売る』を覚えるだけ」と軽く見えてしまうことです。私が現場で繰り返し見てきたかぎり、その「売る」を覚える壁こそがいちばん高い。作る側に回るより、固定した売り先を確保するほうが、ずっと難しいのです。逆に、生産販売層が設備を売る側へ回るのは、不可能ではないにしても、見た目より骨が折れます。私はもともと、人工光型工場のノウハウや立ち上げ支援を売る側にいたので分かるのですが、ノウハウや仕組みを「商品」として設計し、買った相手の現場が回るまで面倒を見るのは、野菜を作るのとはまったく別の筋肉です。フルの装置を自社で製造して保守まで背負う必要はなく、運営ノウハウをソリューションやライセンスのかたちで軽く売る道なら、ある。ただ、それを事業として続けるとなると、野菜を作る片手間でできるほど甘くはない、別の商売になります。内部消費層、たとえば外食が外販に出てくるのも、自社で使い切れる量を超えて余りが出て初めて、という条件付きでしょう。
つまり、染み出しは「すでに持っている資産の隣」へ向かいやすい——あくまで推論ですが、そう見ておくと外れにくい。だから空き帯は、二段で見ます。まず、いまその販路に誰がいるか。次に、その隣の層が、染み出してくるだけの資産と動機を持っているか。そう見ると、本当に狙うべきは「いま空いていて、なおかつ隣の層が染み出しにくい帯」だとわかります。隣がすぐ埋めに来られる空き帯は、見かけ上の空白で、長くは持ちません。逆に、染み出すには資産がまるで足りない層に守られた空き帯なら、しばらくは自分の場所として使えそうです。空き帯は静止画ではなく、「隣の圧力に対してどれだけ守られているか」で評価するものだと考えています。
この「染み出しは資産の隣へ向かいやすい」という見立てと近い論点が、企業の農業参入のしかたを比べた研究にもあります。参入の形には、自分で農場を構える直営方式と、既存の生産者と組むアライアンス方式があり、どちらを取るかでロットの確保速度やリスクの負い方、投資の回収のされ方が変わると整理されています。とくに流通業者がアライアンスで入った場合、流通で見込める取り分(配当)の目標が1%程度と薄く、総合的な支援に見合う投資の回収は構造的に難しいと指摘されています(参考: 4)。この研究は染み出しの方向そのものを論じたものではありませんが、手持ちの資産と回収の見込みが、どの帯に出ていけるかを縛る、という方向の話としては響き合います。
撤退の多さは市場の終わりを意味しない
ここまでは、参入してくる側、つまり染み出してくる層の話でした。同じ仕分けは、抜けていく側にもそのまま使えます。よく聞かれる解釈に「撤退が相次いでいるから、この市場はもう終わりだ」というものがあります。参入の多さを有望さの証と読むことの裏返しで、撤退の多さを衰退と読むわけです。しかし、抜けていく顔ぶれにも、やはり偏りがあるはずです。

撤退の話も、参入とまったく同じ仕分けで読めます。「撤退◯社」と数えるだけでは意味が薄く、どの層が抜けたのかを見たい。ただ、ここが難しいところで、抜けた一社がどの層だったのかは、外からはなかなか見分けがつきません。たとえば、設備を売りたかった製造業系(設備販売層)の撤退は目立ちます。彼らにとって工場は装置を売り込むための実演の場であり、装置の引き合いが続かない、あるいは本業の都合がつかなくなれば、その実演ごとたたむ——そういうケースもあるでしょう。けれど、それが「実演を終えただけ」なのか「野菜が売れずに力尽きた」のかは、外から見ているだけでは判別できないことが多い。一方で、生産販売層の撤退なら意味は重い。彼らは本当に野菜の値段で勝負していたのだから、その層がまとまって抜けるなら、その販路は本当に採算が合っていない、という強いサインです。内部消費層が工場をたたむのも、自社で使うほうが高くついた、という実需からの判定であり、これも軽くは見られません。だから「撤退が相次ぐ=市場の終わり」とは限らない——そこまでは言えます。ただし、抜けたのがどちらの層なのかは外からは見分けがつきにくく、層別に集計した公開データもありません。だから「実演を終えた設備層が予定どおり引いただけだ」と決めてかかることもできない。本当に警戒すべきは、自分が狙う販路で、野菜の値段で戦っていた生産販売層が抜けていくときですが、それが起きているのかどうかも、外形だけでは断定しにくいのです。
撤退や赤字を「市場の終わり」と一括りにしないほうがいい——これは数字の面からも、ある程度は裏づけられます。ただし、ここで出てくる「○%が赤字」という数字こそ、母集団に注意が要ります。たとえば、補助金事業系の植物工場を取り上げた業界コラムでは「補助金500億円でも75%が赤字」と報じられました(参考: 5)。ただしこれは査読論文ではなく意見コラムで、母集団も補助金事業に乗った特定の層に寄っています。大規模施設園芸まで対象を広げた業界誌の記事では、平成28年(2016年)単年のスナップショットで全型式混在のおよそ49%が赤字経営とされています(参考: 6)が、年によって数値は振れます。より頑健に見えるのは型式別で、経済産業省の調査では人工光型植物工場の赤字が約56%と、過半を占めていました(参考: 7)。私が現場で携わってきたのもこの人工光型・葉物の世界で、ここが採算のいちばん厳しい型式だという実感とも合います。要するに「植物工場の75%が赤字」と裸で言い切れるほど単純ではなく、どの型式・どの母集団を見たかで数字は動く。それでも赤字や撤退が当たり前に起きる領域であること自体は確かで、だからこそ、抜けた一社がどの層なのかを見分けようとする意味が出てきます——たとえ、それが外からは見分けにくいとしても。なお、垂直農場に絞ると、継続的な資金投入がなければ起業から数年内に約85%が行き詰まるという推計もあり(参考: 8)、これはむしろ大規模ほど採算で力尽きうることを示唆していて、撤退を安易に「実演の撤収」と読むことを戒める材料です。
自社の帯の混み具合は五つの列で描ける
理屈としては納得できても、いざ手を動かそうとすると難所に突き当たります。参入企業の名前は調べれば分かる。けれど、その会社が三つの層のどれにあたるのか、どの販路にどれくらい固まっているのかが、外から本当に見えるのか。プレスリリースには「植物工場に参入」としか書かれていないことも少なくありません。自社の狙う帯の混み具合を一覧にするために、具体的にどの項目を並べて比べればよいのか。ここで整理しておきます。

外から完璧に分類することはできません。しかし、完璧である必要もない。粗くても自分で埋められる項目を並べれば、層と空き帯は十分に浮かび上がります。一枚の表にするなら、企業を縦に並べ、横に次の五つの列を作ります。
- 本業(出身業界):製造業か、農業・食品か、外食・流通か。ここがそのまま「どんな資産を持っているか」のヒントになり、染み出しの向きを予想する起点になります。
- 稼ぎ方(収益の出どころ):装置・プラントか、野菜そのものか、自社で使うためか。これが前章の三層(設備販売・生産販売・内部消費)を見分ける列になります。プレスリリースに「参入」としか書いていなくても、「実証」「ソリューション」「設備」という語が多ければ設備層寄り、「出荷」「販売先」「ブランド」が出てくれば生産販売層寄り、と語彙からある程度の目安はつきます。ただし、これはあくまで目安にしかなりません。宣伝で前に出したい内容と、実際にどこで儲けているかは、むしろ逆のこともある。設備系こそブランド野菜を派手に打ち出すこともあれば、生産ベンチャーがソリューションを連呼することもある。しかも一社が三つの層に同時にまたがっていることも珍しくないので、語彙はあくまできっかけとして使い、断定はしないのが安全です。
- 販路(野菜の出口):スーパーの棚か、外食・中食か、自社店舗・自社利用か、まだ言及なしか。ここが、自社が立つ帯と直接ぶつかるかどうかを決める列です。
- 品目:レタス・葉物中心か、それ以外か。販路が同じでも品目がずれていれば、同じ棚でも直接はぶつかりません。混雑度を一段細かく見られます。
- 本気度・規模:単独の実演プラント一つなのか、複数拠点・量産を掲げているか。実演一つどまりなら、染み出してくる圧力も撤退リスクも軽く見てよいでしょう。
コツは、空欄や「不明」をそのまま残すことです。無理に埋めない。表が埋まったら、まず「稼ぎ方」で分け、次に「販路」で自社の帯に該当する行だけを抜き出します。そこに生産販売層が何社も並んでいれば本当に混んでいる帯、設備層と不明ばかりなら見かけほど混んでいない帯、と読めます。
ここまでは他社を並べる表ですが、最後に自社の行を一行足します。同じ五列に、自社の販路・品目・規模に加えて、地域(どこで売るか)と運営力(どれだけ歩留まりや稼働を安定させられるか)を書き込む。そのうえで、混んでいる帯は避け、自社の強みが効く列で空き帯に重ねられないかを見ます。地場の外食ルートを押さえているなら、その販路の帯がまだ薄いところに地域の強みを当てる。長く積んだ栽培運営のノウハウがあるなら、フル自動化前提の大規模帯より、人の判断が効く小ロット多品目の帯のほうが、その運営力は単価に乗りやすい。差別化軸を仮置きするというのは、こうして自社の強い列を、競争密度の低い帯に重ねてみることです。
作物と販路で採算が分かれることは、複数の研究も同じ方向を示しています。垂直農場・植物工場の商業的な品目は、いまのところ葉物野菜・ハーブ・ベリー類にほぼ限られ、米や小麦のような主食はコスト的に成り立たない、という整理が繰り返し示されてきました(参考: 9, 10)。商業的な都市農業を対象にした調査では、収益性・資金調達・生産コストが最大の経営課題に挙げられています(参考: 11)。たとえばロンドンの都市マイクロファームを対象にした試算では、立ち上げ段階より運営に乗ってからのほうが採算の成り立つ確率が高く、運営段階で65%前後、立ち上げ段階では29%前後でした(参考: 12)。ただしこの試算は土耕・有機・小規模の都市菜園を対象にしたもので、閉鎖型のLED植物工場とは型式がまるで違いますし、ばらつきも大きい目安だという点には注意が要ります。型式の違いを承知のうえで、「販路と価格帯で結果が変わる」という方向性だけを借りる、という使い方になります。さらに葉物・ハーブ・マイクログリーンに偏り、プレミアム価格帯で売られるために、低所得層へのアクセスや食料安全保障への直接の貢献は限られる、との指摘もあります(参考: 13, 14)。販路と価格帯で結果がはっきり変わる——この点は、五列表の発想と地続きです。
規模を一列に入れておくべき理由も、建設コストの研究に裏づけがあります。植物工場の建設コストには規模の経済が働いており、ある施設データを用いた単一モデルの試算では規模弾力性が−0.17、つまり規模が100倍になると単位あたりの建設コストは約55%下がる、とされています(参考: 15)。同じ研究では、作物によって採算に乗る規模はまるで違うことも示されています。レタスなら損益分岐点はおよそ38平方メートルと小さいのに対し、イチゴは現状の技術では商業的に成り立つ規模が桁違いに大きく、現実的でないと試算されています(参考: 15)。単一モデルの試算なので数字そのものを鵜呑みにはできませんが、同じ「植物工場」でも、狙う品目しだいで採算に乗る規模は大きく変わる、という方向は押さえておきたいところです。
この一覧でできること、できないこと
最後に、一本だけ線を引いておきます。この一覧でできるのは、自社が立とうとしている帯に、どの収益構造の層が、どれくらい来ているか——つまり「混み具合と空き帯」を読むことです。その読みをもとに、自社をどの軸でずらすか、差別化の仮説を一つ二つ仮置きする。そこまでが、この一覧の仕事です。
できないのは、個別企業の優劣や投資としての評価です。「あの会社は買いか」「上場しているあちらのほうが優れているか」——こうした問いは、一覧に並ぶ顔ぶれの話に見えて、実は別の物差しの世界に属します。この一覧が並べているのは「その企業がどの帯にいるか」という位置の情報であって、「その企業がそこでうまくやれているか」という実力や財務の話ではないからです。同じ生産販売層に並んでいても、黒字で回している会社と、増資でなんとか食いつないでいる会社が、この一覧の上では同じ一行に見えます。だから「この帯は混んでいる」とは言えても、「だからこの会社が強い・弱い」「株として買いだ」というところまでは、この一覧からは出てきません。そこは決算や財務、経営の中身を別途読み込む、まったく別の検討になります。
整理すると、こうです。この一覧が答えるのは「自社はどこに立ち、どう差別化するか」。答えないのは「どの企業が優れているか、投資対象として妙味があるか」。前者は自社を主語にした位置取りの問い、後者は他社を主語にした評価の問いです——主語が違えば、使う物差しも変わります。
ですから、この五列の表は、あくまで自分の立ち位置を決めるための作業台として使うのがよいでしょう。投資の判断や他社の格付けに使い回そうとすると、表の精度を超えて滑ってしまいます。自社の帯の混み具合を読み、空き帯に差別化軸を仮置きする——その用途に絞って使うかぎり、この一覧はちゃんと役に立ってくれます。