栽培品目

わさび水耕栽培、作れても寿司屋は買わない

作れても寿司屋は買わないという主題としての生わさび一本

わさびが水耕で作れるかどうか。その答えなら、もう何本も記事を読んで見当はついているはずです。栽培の難所、必要な水温、設備の条件——技術の情報はいくらでも出てきます。けれども、事業として成り立つかどうかを決めるのは、その先にある「誰がいくらで買うのか」のほうです。調べる場所が、少しずれていたのかもしれません。

「作れるか」より先に「誰がいくらで買うか」

植物工場や水耕で高く売れそうな品目を探すと、わさびは必ず候補に挙がってくる。単価が高い、希少性がある、海外でも人気がある。一度はそう思って名前を書き出した人は多いはずです。

わさびはもともと冷涼な環境と水質を求める作物で、山間部の清流で育つものという印象が強い。だから植物工場とは相性が悪く見えます。けれども裏を返せば、温度・湿度・光量・水質を設計できる制御環境は、その条件を再現して栽培適地を広げる側にも働きます。技術が機会を作るのは確かです。実際わさびの記事はたいてい「沢わさびは難しいが水耕なら作れる」「水温管理が肝」という栽培技術の話に寄っていきます。それも大事です。でも、もう少し手前に別の角度がある。わさびを事業の候補として考え始めたとき、頭の中で最初に何を計算するでしょうか。

しかも追い風はもう一つあります。わさびの国内生産は、ここ十数年で大きく減ってきました。気候変動で栽培適地が縮み、既存の産地の供給そのものが揺らいでいる。供給が細れば、残った口がさらに固く狭くなる一方で、安定して納められる新しい作り手にとっては、その固い口がいつか開きうる余地でもあります。技術が機会を作り、供給縮小が機会を広げる。そこまでは正しい。ただ、機会があることと、事業として回ることは別の話です。

沢わさびのイメージから入ると単価が高い・希少という話になりがちですが、最初に考えるべきは「これ、誰がいくらで買ってくれるんだろう」のほうです。スーパーの本わさびは意外と高くないし、チューブもある。高単価で売れるのは料亭や寿司屋など、ごく限られたところで、しかもそこには既に決まった仕入れルートがあるはずです。

わさびに限らず、高く売れそうなニッチ作物を見ていくと、だいたい同じパターンに当たります。単価が高いのは事実。でも、その高い値段で買ってくれる相手の数がすごく少なく、入り込む隙間が狭い。だから技術と販路は、どちらが要るかではなく順序の問題です。技術は前提として詰める。けれどもそれより先に、その狭い売り先――買ってくれる口――に自分が入れるかどうかを確かめる。順番を逆にすると、作れても在庫を抱えます。

その高い値段で買う人たちは、新しい作り手から買おうと思うものでしょうか。簡単には切り替えない、と私は見ています。これが出発点です。高い値段で安定して買ってくれる相手ほど、すでに信頼できる仕入れ先と関係ができています。料亭や寿司屋にとって、わさびは料理の質を左右する素材なのに、それをどこの誰かわからない新しい作り手に切り替える動機は乏しい。むしろ切り替えのリスクのほうが大きい。だから単価が高い口というのは、値段が高いだけではなく、扉が固く閉まっている口なのです。

ニッチ作物を見るときに分けて考えたいのは、高単価が成立している理由が何に紐づいているかです。わさびの高単価は、わさびという作物そのものに付いているわけではありません。この産地の、この人が、こういう品質で、安定して納めてくれる――その関係に付いている、と私は見ています。ここで「安定して納める」と言うとき、その中身には、温度や水質を一定に保って品質を切らさない技術が含まれています。だから技術は関係の外にあるのではなく、関係を成り立たせる前提として内側にある。そのうえで、高さの正体は作物の側ではなく関係性の側にある、というのが私の見立てです。そうすると、新規参入者がわさびを作れた時点で手にしているのは、高単価の理由のうち作物の部分だけで、肝心の関係性の部分はゼロから作らないといけません。

この見立ては、植物工場の採算を作物ごとに見た試算とも整合的です。ある人工光型(小規模)の試算では、同じ設備でも、バジルやレタスのような高単価作物なら内部収益率が100%を超えうる一方、トマトだと2.5〜11.3%にとどまる(参考: 1)。これは単一研究・単一モデルの一例で、作物の一般則ではありません。それでも、採算が立つのは単価の高い葉物・ハーブにほぼ限られ、米や小麦のような主食穀物は現行の技術と価格では採算の見込みが立ちにくい、という方向は読み取れます。試算が示しているのは、作物×価格で採算が桁違いに変わり、しかもその価格はこちらで動かせない、ということまでです。「高さは関係性の側にある」という命題そのものは、この試算が証明してくれるわけではなく、私の見立てとして別に立てています。

だから最初に計算すべきは、収量や水温ではありません。自分はこの作物の、どの売り先の、どの隙間を取りに行くのかを一行で言えるかどうか。それが言えないなら、作れても在庫を抱えるだけです。

単価に出荷量を掛ける年商計算が外れる理由

その一行を書こうとすると、すぐにもう一つ疑問が浮かびます。新規参入者が狙うべきは既存ルートと競合しない隙間だと言われますが、その隙間とは結局「狭いから既存業者が放置している」場所なのではないか。鮮度の問題であったり、量が少なすぎてプロが相手にしない個人客であったり。だとすれば、隙間を取れたとしても、そこは最初から「単価は取れるが数が出ない」場所であって、わさびの高単価のうまみは相当削られてしまう。そう思えてきます。

葉物の密植のクローズアップ(薄利多売の量×単価×回転とは別物のニッチ)

つまり、高単価の口は固くて入れない、入れる口は数が出ない、という板挟みなのか。この見立ては、半分は当たっていて、半分はずれています。まず「狭いから放置されている」というのは正確です。ただ大事なのは、その隙間の数字の作り方が、主流の葉物とまったく違うということです。リーフレタスのような主流の葉物は、薄い利幅を、多くの相手に、広く売って、回転で稼ぐロジックで回っています。量×単価×回転を全部上げにいく世界です。ニッチで失敗する人がやりがちなのが、このロジックをそのままわさびに当てはめてしまう型です。単価が高いのだから、想定出荷量を掛ければ大きな年商になるはずだ、と。ところがニッチは、その「量」のところで市場側が詰まります。高い値段で買ってくれる口は、そもそも量を吸収しないからこそ高い。だから、単価に出荷量を掛けて年商を出すという計算そのものが、ニッチでは最初に外すべき罠になります。

これは、さきほど見た採算の構造とも地続きです。同じ作物を、同じ設備で作っていても、採算を決めているのは「どれだけ作れるか」よりも「どの市場で、いくらで売れるか」のほうであり、しかもその価格はこちらで動かせません。だから、出荷量を起点に年商を弾く計算は、いちばん効く変数を固定したつもりで外してしまうのです。

わさびにはもう一つ、この採算の話に直結する事情があります。冷涼な環境を保つには冷房が常時必要で、電力コストは葉物野菜より高くなりやすい。一方でわさびは強い光を嫌うので、照明はPPFDを低めに、照射時間を短めに設定でき、照明電力はむしろ抑えられる。つまり照明では浮くが冷房で食われる、という相殺の構造になっています。単価が高いことが、そのままコスト側でも食われる――高く売れる理由と、高くつく理由が、同じ栽培条件の表と裏になっているわけです。だからわさびは「単価が高いから儲かる」では片付かない。

逆の端も見ておくと、構造がはっきりします。単価の低い作物を同じ室内設備で作ると、採算は桁違いに合いません。ある概算では、ニューヨークで小麦を室内で育てると、光熱費だけで卸値の約100倍に達し、それは1㎡あたり年間327ドルほどかかるとされます(参考: 3)。高い口は量を吸収しないから高く、低い口は量をいくらでも吸収するけれど単価が設備コストに届かない。高い口は狭く、広い口は安い。では、その「入れる口」は本当に行き止まりなのか。ここを次に見ていきます。

狭い口で関係を一本作り文脈の数で広げる

狭い隙間から数に広げていけるのかどうかは、広げ方の向きを変えて考えると見えてきます。同じ作物を同じ売り方で量を増やそうとすれば、結局あの業務用に固定された固いプロのルートと正面衝突し、そこで詰まる。そうではなく、狭い隙間で「この作り手の、この鮮度なら指名で買う」という関係をまず一本作り、その関係を別の文脈へ横展開していく。生のわさびが少量しか出ないなら、葉や茎、花、すりおろし、加工や定期便、あるいは産地として見せて体験や観光に乗せる。量で広げるのではなく、一つの信頼を起点に文脈の数を増やすほうへ広げていくわけです。

澄んだ水と水辺の風景(観光・体験は点火に使い柱は別に立てる)

ですから、板挟みという捉え方そのものを、少しずらしたい。「固い口か、数の出ない口か」の二択に見えるのは、量×単価×回転という主流のものさしで測っているからです。ニッチは、狭い口で関係を一本作れたかどうかが先にあり、そこから先は出荷量ではなく、その関係を何通りの文脈に乗せ替えられるかで広がっていく。そう見ると、最初の一行に戻ります。「どの売り先の、どの隙間を取りに行くか」が言えていれば、そこは行き止まりではなく、横に伸ばすための入り口になります。

そうやって狙う隙間を並べてみると、いくつか型が見えてきます。固い業務用の口、海外への輸出、量は出ないけれど指名で買う希少需要、加工原料、それに観光や体験。どれも「わさびの売り先」として一括りにされがちですが、その性質はかなり違います。固い業務用は単価も関係資産も育ちますが、扉が固い。輸出や希少需要は単価が立つ代わりに量を吸収しません――さきほどの「高い口は狭い」の典型です。逆に加工原料は量を吸収してくれますが、単価が落ちやすく、安い輸入品とも競合する。観光や体験は立ち上げの話題は作れても、それ自体が毎年回る柱にはなりにくい。同じ「高付加価値」でも、量を吸えるか・単価が立つか・自分の関係資産が積み上がるか、で型ごとに姿が違うわけです。問題は、この型のどれを取りに行くかを、何で決めるのか。作物の側の条件ではなく、自分の側の何を見て「うちならこの口だ」と判断するのか、という点です。

取りに行く市場は自分の手元の資源が決める

その答えは、わさびの側の条件ではなく、自分の側の「すでに持っている関係の太さ」にあります。並べた型は性質が違うように見えて、自分側のどの資源を要求してくるかで並べ替えられます。見立てとして三つ、順番に確かめます。

出荷に向け選別する作業者(売り先の一行が埋まったかを見分ける)

一つ目は、固い口に「指名で一本入れる伝手」が今あるかどうか。料亭や寿司屋に直接届く縁――家業がその筋に近い、知り合いの料理人がいる、地元の飲食と顔がつながっている――があるなら、迷わず固い業務用の口を取りに行きます。固いと述べた扉は、外から叩くと固いけれど、中に一人知り合いがいれば最初から半分開いているからです。逆にこの伝手がまったくないなら、業務用は最後に回します。

二つ目は、土地と水という動かせない資源を持っているかどうか。わさびは水の質と量がそのまま品質になる作物です。栽培の側でも、養液は栄養分を溶かして連続的に循環させ、ECとpH、養液温度、そして溶存酸素(DO)を管理項目として見ていきます。培養液中の溶存酸素が下がると根の吸収が鈍り、生育が落ちることが実験でも報告されています(参考: 4)。ただ注意したいのは、DOは土地に固有の資源ではなく、曝気や循環で保つ設備側の管理変数だということです。むしろ低温で清澄な良い水源を持っているほど、曝気・循環でDOを保ちやすい。だから「動かせない資源」として効いてくるのは、DOそのものではなく、いい水源・産地として名前の立つ地名・人が来られる立地のほうです。これがあるなら、観光・体験や「この産地の」という見せ方の文脈が一気に有利になる。ここは伝手では買えず、その土地に固有の資源ですから、持っているならそれを軸に組み立てます。ただし、栽培の条件が効くのは「作れるか・良いものになるか」の話だ、ということは分けて持っておきたい。そこが効くのは事実(参考: 4)。だからこそ、作れることと事業として回ることを切り分ける。栽培の条件は前提として詰める、けれどもそれは事業の可否そのものではありません。

三つ目は、外に出す手と言葉を持っているかどうか。輸出や定期便、加工は、作る力よりも、外国語で商談できる、通販や発信を回せる、保健所と加工の段取りを踏める、という流通・販売側の手数のほうが効きます。これがある人なら、国内の固い口を飛ばして輸出や加工原料を最初の口にできます。

判断の順番はこうなります。固い口に直に通じる伝手があるか、なければ土地と水の資源があるか、それもなければ外に出す手と言葉があるか。どれか一つでも太いものを持っていれば、わさびはそこから入ります。どれも細いなら、それは「まだ取りに行く口が決まっていない」ということ。だからわさびを作る前に、まずこの三つのどれか一本を太くする側に時間を使います。作物が口を決めるのではなく、自分の手元でいちばん太い線が、入るべき口を指しています。

これは精神論ではありません。日本の都市・近郊農業を広く調べた研究でも、直販や加工、体験などを組み合わせて高度に多角化できている農家は、調査対象の約一割にとどまっていました(参考: 5)。そしてその一割が、経済面でも社会面でも他より良い成果を出す傾向があった。何がその差と関わっていたかというと、作物や設備そのものより、直販のチャネルや起業家的な動き方、地域の人とのつながりといった、売る側・関係をつくる側の力でした。太い線を持てているのは、こうした販売・関係づくりの力を備えた一部だ――母数を取ると、そのくらいの割合に絞られると見ておくほうが、現実に近いように思います。

観光は点火に使い柱は自分の名前で立てる

ここで、いちばん絵を描きやすいのは観光や体験かもしれません。きれいな水源があって、わさび田を見せて、収穫体験をやって、その場でわさびをすりおろして食べてもらう。話題になりそうだし、写真も映える。初年度はそれで結構いける――そんな絵を描いていないでしょうか。さらに、近くに有名なわさびの産地名があるなら、その名前の雰囲気をうまく借りられたら、工場で作ったものでも高く見せられる。そう考えていないでしょうか。ただ、口に出してみると、都合のいい絵だけ描いている気もしてくるはずです。観光や話題で売れることを、事業の柱として当てにしていいのか。産地の名前を借りるやり方は、実際どうなのか。順番に見ていきます。

観光や話題で売れる絵が描きやすいのは事実で、しかも罠でもあります。観光・話題性は「初年度に乗りやすい一時収入」として置く分にはよいのです。でも、それを定常売上として計画の柱に引き伸ばすのは、わさびのような小さなニッチ事業でいちばんやりがちな外し方だと、私は見ています。新しさ・珍しさそのものが客を呼ぶので、初年度の話題量が一番大きくなりやすい。ところが話題は、二年目には減衰しやすい。同じ体験のために、去年来た人がもう一度わざわざ来る理由は薄い。だから初年度の数字をそのまま掛け算で来年に伸ばすと、読み違えやすいのです。観光・体験は、立ち上げのお金と認知を稼ぐ「点火」としては優秀ですが、それ自体が毎年回るしくみとは限りません。だからこそ、観光で入ってきたお金と人を、減衰しにくい柱――指名で買う固定客、定期便、業務用の一本――へ流し込む導線として設計するのです。体験に来た人の何割を、来年も買う関係に変換できるか。そこを設計に書けていれば観光は柱の入り口になりますし、書けていなければ、初年度だけ跳ねて二年目に落ちる花火で終わりやすい。

なぜそこまで言うのか。業種は違いますが、「地元産だから」という好意が事業の柱になるか――同じ問いを検証した事例研究があります。スウェーデンのある屋内農場では、近隣の住民や小売が「地元産だから」と多少の上乗せを払ってもよいという意思を示していたにもかかわらず、その農場単独では黒字にならず、既存の商業温室にコスト面で太刀打ちできませんでした。収穫量も、街全体の需要から見れば無視できる規模だった(参考: 2)。一つの事例なので一般化はできませんが、少なくとも「好意があれば柱になる」とは言えない反例として、ここははっきりしています。好意や話題は測れても、それを翌年につなぐ導線がなければ数字にはならない。点火を柱に変えられるかは、まさにそこで決まります。

産地の名前を借りる話は、もっとはっきりしています。やめておいたほうがよい。理由は二つあります。一つは、有名産地の名前を借りるというのは、その産地が長年かけて作った関係の資産を、対価を払わずに一瞬借りているだけだということです。借りている間は効くように見えますが、それは自分の資産になりません。自分の畑には何も積み上がらない。借り物の上に売上を立てると、産地側の評判が揺れたり、向こうが「うちとは無関係だ」と言い出したりした瞬間に、自分の足元が崩れます。もう一つは、いずれ食い違う、ということです。地名は、たいてい本物の沢わさび・その水・その土地と結びついて意味を持っています。それを工場の水耕品に乗せると、買った人の頭の中の期待と、実物の出どころがずれる。最初は雰囲気で高く見えても、ずれは露見しやすいですし、露見したときに失うのは一回の売上ではなく、これから積み上げるはずだった自分の名前への信用です。

だから、名前を借りるのとは逆をやります。近くに有名産地があるなら、その名前に乗るのではなく、「あの産地とは違うやり方で、こういう水・こういう作り方で、こういう鮮度を出している自分」を名乗るのです。産地名を借りるのではなく、産地が近いという事実を、自分の物語の背景として正直に使う。前者は他人の関係を一瞬借りるだけですが、後者は最初から自分の関係資産になります。立ち上がりは地味でも、最後に効いてくるのは「この作り手だから指名で買う」という自分名義の信用で、借り物の地名はそこを作ってくれません。観光も同じで、点火には使う、でも柱は自分の名前で立てる。そこは分けておいたほうがよいのです。

その一行が埋まったかを見分ける四つの問い

ここまで来ると、最初に頭にあった順番が、ひっくり返っているはずです。「まず作れるか、次に売り先」で考えていたものが、いまは「まず売り先、作るのはその後」で一貫している。だとすれば、いちばん最初に紙に書くべきなのは、収量でも設備でもなく、あの一行――「自分はどの売り先の、どの隙間を、自分のどの資源で取りに行くのか」――です。それが書けたら作りに進んでよく、書けないなら、そこが埋まるまで作るのはまだ早い。

ただ、その一行が「書けた」のか「埋まった気になっているだけ」なのかは、自分ではなかなか区別がつきません。ここを勘違いしたまま走り出さないために、四つ見ておくとよいでしょう。

一つ目は、その一行に、相手の固有名詞が入っているかどうか。「料亭に売る」では埋まっていません。「業務用に」も「個人客に」も同じで、それはまだ売り先のカテゴリであって、売り先ではない。「隣町のあの店の大将に、知り合いの板前を通して一本入れる」というところまで具体的になっていれば、書けています。名前を出そうとした瞬間に詰まるなら、そこが空白だったということです。

二つ目は、さきほどの三つの資源――伝手・土地と水・外に出す手と言葉――のうち、どれで取りに行くのかを、一つに名指しできているかどうか。「全部ちょっとずつあります」は、書けていない側のサインです。太い線は一本に絞れるはずで、絞れないのは、まだどれも太くないか、自分の手元を点検していないかのどちらかです。

三つ目は、これがいちばん効きます。その売り先に、今日この場で「断られに行ける」かどうか。書けている一行は、明日その相手に話を持っていって、断られる形をしています。「もし作れたら買ってくれそうな気がする」は、まだ作っていないから断られていないだけで、断られる前の希望は、検証された需要ではありません。逆に、作る前に一度断られておけるなら、それはもう市場に触れた一行です。紙の上で完結している一行は、たいてい埋まった気のほうです。

四つ目は、その一行に、自分が払う対価と引き換えに来る数字が入っているかどうか。いくらで、月に何本、誰が。値段と量と相手が一緒に書けていないなら、まだ絵にすぎません。

並べてみると、ぜんぶ同じことを言っています。作物の側には何も足していません。見ているのは、相手が実在するか、自分のどの資源で届くか、断られに行けるか、数字が乗っているか――どれも、市場と自分の側の話です。だから最後に残るのは、最初に置いた一行と同じ場所になります。わさびが作れるかは、ここでは一度も問うていません。問うているのは、自分がその市場を一枚切り取れているかどうかだけなのです。一行が埋まったかを見分けるとは、結局、口を決めているのは作物ではなく自分だ、という事実から目を逸らしていないかを確かめることにほかなりません。

なお、わさびの栽培条件そのもの――生育適温15〜20℃、湿度70%前後、強光を嫌う光環境、ECやpH、養液温度、DOの管理――や、葉物工場全体の収益性については別に整理しています。販路の一行が書けて、いざ前提を詰める段になったら、そちらも合わせて確かめてください。

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参考文献

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  2. Rebecka Milestad, Annika Carlsson‐Kanyama, Christina Schäffer(2020) The Högdalen urban farm: a real case assessment of sustainability attributes. Food Security. https://doi.org/10.1007/s12571-020-01045-8
  3. Alessio Russo, Giuseppe T. Cirella(2019) Edible urbanism 5.0. Palgrave Communications. https://doi.org/10.1057/s41599-019-0377-8
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  1. Nhung Ngoc Hoang, Yoshiaki Kitaya, Toshio Shibuya, Ryosuke Endo(2018) Development of an in vitro hydroponic culture system for wasabi nursery plant production—Effects of nutrient concentration and supporting material on plantlet growth. Scientia Horticulturae. https://doi.org/10.1016/j.scienta.2018.10.025
  2. Shingo Yoshida, Hironori Yagi, Akira Kiminami, Guy Garrod(2019) Farm Diversification and Sustainability of Multifunctional Peri-Urban Agriculture: Entrepreneurial Attributes of Advanced Diversification in Japan. Sustainability. https://doi.org/10.3390/su11102887