植物工場は個人経営で続くのか 農業の感覚が外れる理由

密植されたフリルレタス――個人が一筋に絞る単価の立つ葉物

手元の資金で、この敷地で、一人で。植物工場を個人で始められないか——そう考えるとき、多くの人は「農業が個人でやれているなら、植物工場も」と地続きに考えます。でも、その地続きの感覚が、いちばん肝心なところで外れる。どこで外れて、それでも残る道はどこなのかを、採算の構造からたどってみます。

植物工場は太陽も雨も電気で買い直している

植物工場を個人でやっていけるのか。そう考えるとき、近くに露地の農家さんがいる方は、たぶんこんな光景を思い浮かべます。一人で何十年も畑を続けているおじいさんがいる。正直そんなに儲かっている様子はないのに、ずっと続いている。台風で全部やられた年でも、次の年にはまた作っている。だから「農業が個人でやれているなら、植物工場だって個人でいけるはずだ」と感じる。

でも、そのおじいさんが不作の年をはさみながら何十年も続けてこられた理由は、よく見ると一つです。太陽も雨も土地も、誰かに毎月払って借りているものではない。自作地なら、もともと手元にある。だから不作の年は、収穫がゼロに近づいても、出ていくお金もそれに合わせて小さくなる。作付けを減らせば、その分だけ身が軽くなる。最悪の年でも「動かさない」という選択ができて、止めれば出血も止まる。収入が落ちると支出も一緒に落ちてくれる、伸び縮みする構造になっている。少なくとも露地はそういうものだと考えると、さっきのおじいさんが何十年も続いている姿も腑に落ちます。

ここで植物工場のほうを想像すると、同じようにはいきません。電気は止められない。設備のローンも待ってくれない。動かしている限り、お金が出ていく。その感覚は気のせいではなくて、むしろ、植物工場が個人でやれるかという問いの、いちばん芯のところに触れています。

植物工場、とくに光まで電気で作る人工光型は、農業がタダで使えていたインフラを丸ごと買い直しているんです。太陽の代わりに照明、雨の代わりに養液の循環、土地の代わりに建物と空調。タダで使えていたものを、毎月の電気代と設備のローンに置き換えている。すると、さっきの「伸び縮み」が消えます。売れようが売れまいが、電気代も返済もほぼ一定で出ていく。収入はゼロまで落ちられるのに、支出はゼロまで落ちてこない。その差が、止まっている間もマイナスが進む、というあの感覚の正体です。

この置き換えは、研究でもかなりはっきり出ています。収穫物1kgあたりの電力でみると、露地はだいたい0.3kWh/kg。屋内の多層栽培だと250kWh/kg前後で、桁が二つ三つ違ってきます(参考: 1, 2)。「タダだった太陽」を電気で買い直したぶんが、まるごとそこに乗っているわけです。

しかもその電気代は、運営の中の脇役どころではありません。室内で小麦を作る試算では、運営コストの半分以上が照明用の電力で占められる(参考: 1, 2)。温室効果ガスや資源の枯渇でみても、照明と空調の電力だけで影響の半分以上から、資源側では98%超までを占めてしまう(参考: 3)。人工光型をならして見ても、電力が生産コストのおおよそ2割から4割、そのうちの大半が照明に向かう(参考: 4)。止まれない、というのは比喩ではありません。出ていくお金のかなりの部分が、止めたら作物が死ぬ照明と空調という二系統に集中している、という構造の話です。

だからこれは、個人か法人かの話でも、根性や技術の話でもない。土俵そのものが違う、と考えています。農業は「耐える」ことで生き延びられる競技です。人工光型は「止まれない」競技です。同じ「一人でやれるか」でも、問いの中身が違ってきます。

規模で安くする土俵では個人が最も不利になる

伸び縮みが消える、止まれない競技だ。その言い方がしっくりきたとして、ここで一つ引っかかりが出てきます。タダのインフラを電気と固定費で買い直しているなら、その分は誰かが効率よくやれば下げられるはずだ、と。大きな工場でまとめて電気を買って、設備もたくさん並べる。そう考えると、これは規模が大きいほど一個あたりは安くなる世界なんじゃないか、という見方です。

規模で単価を薄める大型工場の広角――個人が不利になる土俵

その見方は正しい。誤魔化さないほうがいいところです。「規模が大きいほど一個あたりが安くなる」というのは、人工光型でかなり強く効きます。電気を買う単価も、設備の単価も、一人当たりの人件費も、規模が大きいほど薄まる。しかも薄まるだけではない。止まれない競技ですから、体力のある大きいところは一年くらいの赤字なら耐えて待てる側にいる。固定費が薄まらないうえに、その固定費が落ちない以上、手元資金の薄い小規模ほど赤字に耐えられる時間も短い。コストを薄められないことと、踏ん張れる時間が短いことが、同じ方向に重なってきます。

この感覚は、数字でも裏が取れています。日本の人工光型植物工場を26施設集めて建設コストを調べた試算では、規模が100倍になると単位あたりの建設コストはおよそ55%下がる、という弾力性が出ています(参考: 5)。建てる側の固定費でみれば、たしかに大きいほど効くわけです。

ただ、一つだけ慎重に言っておきたい。この規模の効きは、あくまで「建てるコスト」について確かめられた話です。毎月出ていく電気代や冷房代のような運用コストについては、同じ研究も「運用コストには規模の経済を見込まない」と前提を置いている。つまり「運用には効かない」というのは、データではっきり示された発見ではなく、試算の置き方なんですね(参考: 5)。大きいほど建設は安く上がる。それは確かだけれど、止まれない競技でいちばん重い電気代まで規模で薄まる、とまでは言い切れない。そこは含みを残しておいたほうがいい部分です。

そうなると、安く作る競争という同じ土俵で見るかぎり、規模という一本の軸の上では、個人はいちばん不利な側に立ちます。これは「でも工夫すれば」でごまかせる程度の差ではありません。構造として最も不利な傾斜の下にいる、と認めるところから始めたほうがいい。誤解しないでほしいのは、これは傾斜の問題であって、床が抜けているという話ではない。小さいからといって黒字が立たないわけではありません。ただ、価格や契約のショックがきたときに、いちばん先に、いちばん深く効いてしまう側にいる。農業にあった「小さいなりに細々と」の隙間が、この軸の上には見当たりにくい。そこは本当のことです。

ただ、ここで一つだけ立ち止まりたい。いま不利だと言ったのは、全部「一個あたりをどれだけ安く作れるか」という同じ土俵の上での話なんですよね。安く作る競争に個人が入っていけないのは、もう動かしようがない。だとすると、個人に残る道は一つしかない。その土俵自体が違うところ——安さでは測られない売り先がどこかにあるのか、という方向です。ただ正直に言うと、その売り先を見つけること自体が、簡単ではありません。

勝てるのは安さでなく切らさず近くへ届けること

安く作る競争では勝ち目がない。それが腑に落ちたとして、では「安さで測られない売り先」とはどこか。想像しようとすると、すぐ浮かぶのは近所の直売所のようなものではないでしょうか。露地のおじいさんも、スーパーと真っ向で勝負しているわけではなくて、顔の見える範囲で「あそこの野菜」として売れている部分があるから続いている。

輸送に弱く単価の立つハーブの束――近い距離だから届けられる品目

ところが、植物工場でそれをやろうとすると、急に難しくなります。露地の野菜は「あそこの畑の」で通じる。けれど、工場で電気で育てたレタスに、同じ意味での「あそこの」がつくのか。むしろ「工場で作った」と聞くと、ちょっと身構える人もいそうです。その引っかかりは正しい。安さの土俵を降りた先に逃げ込めるはずの「顔の見える売り先」でも、植物工場は農業ほど素直には入っていけません。

露地のおじいさんの「あそこの畑の」が効くのは、土と太陽で作ったという物語に、消費者がそのまま価値を感じてくれるからです。ところが人工光型は、まさにその物語を電気で買い直した側にいる。研究でも、消費者の受容そのものが普及の障壁のひとつに挙げられていて(参考: 6)、「工場で作った」と聞いて身構える人がいるのは、たぶん気のせいではありません。こちらは「あそこの畑の」で勝てる土俵にそもそも立っていない。消費者向けのブランドで正面から張り合おうとすると、農業の弱いところと同じ土俵をもう一回選び直すことになります。だからそこは、筋が悪いと思っています。

ただ、売り先を「顔の見える消費者」だと思った瞬間に、道が一本に見えてしまう。そうではない。ずらしたいのはもう一段先です。安さでもなく、物語でもなく、「切らさずに、一定の品質で、近くから届く」ことそのものにお金を払う相手がいるはずなんです。たとえば地元の飲食店。お惣菜やサラダを作っている中食の作り手。ああいうところは、味の良し悪し以前に、毎週同じものが同じ量、同じ顔で届くことに困っている——というのが私の見立てです。露地は天気で揺れる。遠くからの仕入れは鮮度と日持ちで削られる。人工光型の「止まれない」「外に左右されない」という、さっきまで弱点として話してきた性質が、ここでは逆に、安定供給という形で値段に乗ってくれる余地があります。

しかもその相手になら、誰でも作れる安いレタスではなく、輸送に弱くて単価の立つ葉物を届けられる。細かいハーブ、傷みやすくて遠くから運べないもの。それを、近い距離だからこそ届けられる。規模で安くする土俵を、そもそも踏まない品目に寄せていく、という方向です。

なぜ単価の立つ葉物に寄らざるを得ないのか。これも研究で見えています。人工光型(閉鎖型)で最大の経常コストになるのが照明と空調のエネルギーで、このコスト構造そのものが、利幅の取れる作物でないと割に合わない方向へ作物選びを縛ってしまう、と複数の論文が同じ向きで指摘しています。実際、当面のあいだ閉鎖型で採算が見込めるのは葉菜やハーブ、バジルあたりに限られる。世界の食料エネルギーの6割を担うような主食の穀物は、いまの技術では大規模に作っても経済的に成り立たない、という見立てが共有されています(参考: 7, 8, 9)。だから「単価の立つ葉物に寄せる」というのは好みの戦略というより、コスト構造のほうから先に絞り込まれている、という側面が強いんです。

ただ、ここを「だから売り先は見つかる」とまとめたくない。むしろ逆です。作る前に、その飲食店なり中食なりと「毎週これだけ買う」という約束を固定で取り付けておく。それが、人工光型で個人が立てる唯一の細い道なんですが、その約束を作付け前に取り付けること自体が、たぶんこの話の中でいちばん難しい。安く作る競争から降りた先に待っているのは、楽な売り先ではありません。もっと先に置かれた、別の難所です。

作る前に需要を固定することがいちばんの難所

その「別の難所」を、もう少し踏み込んでみます。作る前に固定客を取り付ける。たとえそれが取れたとしても、ここからが本当の正念場です。しかもその難しさは、売り先を一本に絞るか複数に散らすか、という話だけでは終わりません。

毎週の固定引き取り量を記したメモ――規模を逆算する起点

まず、売り先が一本に偏っているほど、相手の都合ひとつでこちらの全部が決まってしまう。これはわかりやすい怖さです。だったら複数に散らせばいい、と思いますよね。分散できれば、たしかに一本の脆さは緩む。ただ、その「十分な数の売り先を確保した状態」というのは、事業が回り始めるまでの入りが乏しい時期——いわば谷——を渡り切った後に見える景色です。実績ゼロの個人が、作付けの前に、一本どころか複数の固定契約を取り付ける。これは一本取るより、もっと難しい。だから「単一障害点だから怖い」というより、分散していようがいまいが、作る前に需要を固定すること自体が最初の最難関だ、というのが本当のところだと思っています。

そして、もう一つ気づくことがあります。一本に賭ける危うさ以前に、その約束を取りに行っている最中こそが、いちばん脆いのではないか、と。約束を取り付けてからは、少なくとも入ってくるものがある。でも、まだ一本も取れていない時期は、設備はもう動いていて電気も返済も出ているのに、入りはゼロなんです。しかも相手は、まだ実績のない個人と「毎週これだけ買う」という約束を、作付け前に結ばないといけない。向こうからすれば、まだ何も納めていない人に映るはずなんですよね。だから取り付けに時間がかかればかかるほど、出血だけが先に進む。一本に賭ける危うさの前に、その約束を口説いている最中が、いちばん金が薄くて、いちばん後がない。谷がいちばん深いところを、まだ何も手にしていない状態で渡らされる、という形です。回り始めた人が抱えている安定した売り先は、この谷を渡り切った後の景色であって、渡っている最中の景色ではありません。

ここで露地のおじいさんと比べてみると、谷を渡る前後で下に何が残るかが、はっきり違います。おじいさんは、最悪その売り先に切られても「じゃあ今年は自分で食う分だけ作る」と、小さく畳める。畑はあるし、太陽はタダだからです。落とせば出ていくものも一緒に落ちる。さっきの伸び縮みが、ここでもう一度効いてくる。少なくとも露地はそう考えると腑に落ちます。ところが人工光型は、切られた瞬間に残るのが畑ではなくて、電気代と返済なんです。畳もうとしても、止めたら今度は何も作れないのに固定費だけは出続ける。作るのを止めれば出血が止まる、と言いましたが、設備のローンと最低限の維持費は、止めても完全にはゼロになりません。下に残るものが、片方は逃げ場で、片方は重しなんです。

売り先の値段が動くと一気に効く。それがどのくらい効くのかを、ある試算がレタスで具体的に出しています。先進的な技術と収益コスト構造を前提に置くと、レタスの採算が合う最小の植栽面積はだいたい38m²くらいから(これは会計上の損益分岐であって、人件費や生活費まで賄える規模という意味ではありません)。ところが売値がそこから20%下がるだけで、その損益分岐の規模が一気に1,700m²まで跳ね上がる。35%下がると、もう100ヘクタールを超える(参考: 5)。値段がわずかに動くだけで、成り立つ規模が二桁三桁ずれていく。「売り先の都合ひとつで全部が決まる」という怖さは、この価格感度の高さに裏打ちされています。なお、これはレタス1作物のモデル試算の値なので、ほかの作物にそのまま当てはまる数字ではない点は添えておきます。

しかも、これは大資本なら平気という話でもありません。日本の大規模な施設園芸・植物工場(太陽光型の温室も含む母集団で、人工光型の個人とは型式も規模も違います)を調べた調査では、調査によって49〜75%が赤字、という数字が報告されています。技術や資本を積んだ側でも、半分前後が赤字になりうる。初期・運営コストの重さが構造的な課題として繰り返し指摘されてもいます(参考: 10, 11, 12)。体力のある側ですら家計簿が成り立ちにくい場面があるわけで、その同じ構造の中で、いちばん規模の小さい個人がどこに立っているか。それが「最も不利な傾斜」という言葉の中身なんですよね。

だからこれは、きれいに解ける話だとは思っていません。安く作る競争から降りて、安定供給に値段を払う相手を固定する。それが個人に残る細い道だと言いましたが、その道は、いちばん不利な傾斜の下で、いちばん脆い時期に、いちばん外れたら痛い約束に賭ける、という形をしている。やれるかどうかでいえば、これは賭けです。しかも選べる賭けのなかで、いちばん難しいところに賭ける賭けだ、ということです。そこは正直に置いておきたいんです。

資金からでなく売り先から規模を逆算する

ここまで聞くと「じゃあ個人は無理なんだ」と受け取る方もいると思うのですが、たぶんそれも正確ではありません。最も不利な傾斜にいるのは確かで、生計が立つと約束できる話でもない。でも「絶対にできない」とも違う。無理だ、とも、いける、とも言いません。どちらもこの場では嘘になるからです。

そのうえで置いておきたいのは、その際どいところに立つ人に、規模をどう決めるかの順序を一回ひっくり返してほしい、ということなんです。

ふつう人は、手元にいくらある、敷地がこれだけ取れる、だからこのくらいの規模でやれるだろう、と考える。資金と土地から規模を決めにいくわけです。でも、止まれない競技でいちばん効くのは、作る前に、固定で買ってくれる売り先をどれだけ押さえられたか、なんですよね。だから順序を逆にしてほしい。資金から規模を出すのではなくて、先に「毎週これだけ確実に引き取る」という約束をどれだけ取れたか、そこから自分の成り立つ規模を逆算する。約束が小さければ、設備も小さくていい。約束がゼロなら、その規模はゼロなんです。

だから、踏み出さない線もはっきり置きます。固定客の当てが一本も無いまま設備を建てるのは、入りが乏しい時期に、空手で谷を渡るということです。それはやめたほうがいい。それと、売り先が直売所頼みで、売値も引き取る量も天気任せで振れるなら、規模を増やすほど、その振れがそのまま傷の大きさになります。増やすほど深くなる。だから、先に売り先。それが無いうちは建てない。ここは、励ましとして言うのではなくて、出血の構造から言っています。

この線引きは、さっきの価格感度の話とまっすぐつながっています。売値が20%動くだけで成り立つ規模が桁で変わってしまう世界では、振れる売り先の上に大きな設備を載せることが、そのまま振れ幅を大きく被ることになる(参考: 5)。だから「先に売り先、無いうちは建てない」というのは、気構えの問題というより、価格にこれだけ敏感な採算構造から逆算した、ごく実務的な結論なんです。

そのうえで、止まれない競技だということを踏まえて、最後に一つだけ。これは過大な期待を持っていい話ではありません。けれど、自分の資源——時間も金も体力も——が、いちばん難しいところ、つまり売り先を固定することに、ちゃんと集まっているか。安く作る工夫や、完全自動化のような設備の作り込みに気を取られて、いちばん外れたら痛い一点から目を逸らしていないか。それを作る前も、作ったあとも、自分で確かめ続けられるかどうか。小さくても続く形があるとしたら、たぶんそこにしかない。きれいな結論ではなくて申し訳ないのですが、正直に言えるのは、ここまでです。

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参考文献

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