栽培品目
植物工場の野菜は「水っぽい」のか 食味は変えられる
植物工場と聞くと、まず単価の話になります。高級レストランにプレミアムで通すのか、量販店の棚で「味が落ちる」と言われないか——その判断は、たいてい「屋内の野菜は味が落ちる」というイメージ一つに引きずられています。けれど食味が施設タイプで決まる固定値なのか、それとも設計と運用で動かせる変数なのかで、立てるべき事業計画はまるで変わってきます。
「水っぽい」の正体は方式ではなく狙いの不在
「工場ものは水っぽい」「えぐみがなくて物足りない」。屋内栽培の野菜には、この評価がついて回ります。そして、たいてい施設のタイプのせいにされます。でも、現場で作って売っている人ほど、そう単純じゃないと知っています。
味は、収穫してからの時間でかなり変わります。同じ株でも、朝採りと夕方では甘みが違う。出荷の直前にどう管理したかで、えぐみの出方も大きく変わる。だから「工場ものは水っぽい」と言われると、それは方式の話なのか運用の話なのか、と引っかかってくる。同じレタスでも、「甘く育てた回」と「香り重視の回」では別物になります。
収穫後の時間や直前管理で味が動くのは、本当にそのとおりです。同じ株が別物になることは、何度もあります。ただ、そこを突き詰めると「方式か運用か」という分け方自体がほぐれてきます。施設のタイプそのものも、たしかに味の差を生みます。けれど同じ方式の中で運用が動かせる幅も大きい。素のままだと水っぽく着地しやすい、とよく言われますが、光や肥料の絞り方、収穫前にどれだけストレスをかけるかで、かなり動かせます。だから「水っぽい」と言われたとき、最初に確かめるべきは方式ではありません。その回が、何を狙って育てた回だったか、です。甘みを狙えばえぐみは引っ込み、香りを狙えば多少のえぐみは残る。狙いを決めずに育てた野菜は、たいてい「特徴のない、薄い味」に着地します。水っぽいと言われる工場ものの正体は、方式というより、その狙いの不在なのです。
えぐみが直前管理で動くことは、数字でもはっきり出ています。水耕レタスなら、収穫の2〜4日前から施肥を止めておくだけで、えぐみのもとになる葉の硝酸塩が平均で29〜58%下がる(参考: 1)。しかも、条件が良ければそのあいだ収量はほとんど落ちません。「味を寄せると量が犠牲になる」と身構えがちですが、えぐみに関しては、量を守ったまま抜ける余地がちゃんとある。だから葉物・人工光型でいえば、収穫前の数日に何をするかは、味を動かす効きの分かりやすいレバーです。ただし同じ施肥停止でも、その元の論文では秋作には効かず、育てている条件のほうが効いていた。いつでも効く万能の手ではありません。窒素を絞りすぎれば葉色や色素が薄くなる側のコストも出ます。それでも、効く窓と犠牲を分かったうえで使えば、素直に手を入れられる数日です。
甘み・えぐみ・香りは別々のダイヤルで動く
「狙いを決める」というのは、いつ決めるものなのか。種をまく前から「今回は甘み」と決めて全工程を組むのか。それとも、育ちを見ながら途中で寄せていけるのか。

決め切る必要はありません。種まき前に「今回は甘み」と大枠を置く。けれどそれは、全工程を縛るためではなく、迷ったときに寄せる方向を決めておくためです。育ちを見て後半で寄せる余地は、十分に残っています。
それに、絞ることは諦めることではありません。狙いを決めると、その軸が定まって、他の要素も乗りやすくなる。たとえば甘みを通すと決めた回は、収穫前の管理が締まるので、香りも前より残ります。逆に「全部そこそこ」を狙った回が薄くなるのは、欲張ったからではなく、軸がないからどの工程も中途半端に振れてしまうからです。だからこそ、一本立てる。立てた軸の周りに、二番目三番目が勝手についてきます。
では、なぜ狙いを分けることが大事なのか。味の要素が、それぞれ別の条件でピークを迎えるからです。葉物でいちばん言い切れるのは、甘み(糖)とえぐみ(硝酸塩)が別の条件でピークを迎えるという軸です。レタスでは赤色光の比率を80%あたりにするとえぐみ(硝酸塩)が最も少なくなりますが、糖やビタミンCが乗る条件はまた少しずれる(参考: 5)。果菜の世界でも、同じ構造が数字で見えています。トマトでは、養液に塩分を効かせると可溶性固形分やビタミンCが高まり、果実の品質が上がる(参考: 2)。しかも収量がいちばん高くなるECと、品質がいちばん高くなるECは、別の点にある——トマトでもそうですし、ピーマンでも同じでした(参考: 3, 4)。これは果菜の例ですが、別の要素が別の条件でピークを迎えるという構造は、葉物にも当てはまるはずです。つまり「量を最大化する設定」と「甘みを最大化する設定」は、同じダイヤルの違う位置にある。だから「甘み・えぐみ・香りのどれを取るか」を先に決めておかないと、どのダイヤルもどっちつかずの位置で止まってしまう。これが「軸がないと薄くなる」の中身です。
得意を一本に決めてから売り先を選ぶ
軸を何にするか。それは結局、誰に売るかで変わります。高級レストランに納めるのと、量販店の棚に並べるのとでは、求められる「おいしさ」の向きが違う。作り手の好みで甘みを選ぶのか、売り先が香りを欲しがっているから香りに寄せるのか。味と売り先は、現場ではどう結びついているのか。

ここで、こんな不安を感じたことはないでしょうか。注文ごとに甘み寄せ・香り寄せと切り替えていたら、その施設が一番うまく出せる味が、かえってブレてしまわないか。むしろ「自分のところは香りならどこにも負けない」という一本があって、それを欲しがる売り先を探すほうが筋がいいのではないか。売り先に合わせにいくのと、自分の得意を磨いて売り先を選ぶのと、どちらが先に来るのか。
この不安は正しい。注文ごとに味を切り替えるのは、見た目はきめ細かいサービスですが、実際には再現性をいちばん削る動き方です。味を動かす操作は、効くタイミングの幅が案外狭い。収穫の数日前にしか効かなかったり、強くやりすぎると葉色や日持ちを壊したりします。だから毎回違う狙いで振っていると、当たり外れが出て「あそこは時々すごいけれど安定しない」になりやすい。
順番としては、自分の得意を一本決めて、それを欲しがる売り先を探すほうが、たいてい長持ちします。香りで攻めると決めたら、その操作を繰り返して安定させ、香りを評価してくれる売り先と組む。売り先に毎回合わせにいくのは、その一本が固まってからの応用編です。最初から器用にやろうとすると、たいてい全部が中途半端になります。
売り先と食味要素の結びつきも、ざっくりとは見えています。量販店の棚は、価格と「安心して選べるか」がほぼ支配的で、甘みやえぐみのわずかな差は単価に乗りにくい——これは消費者調査でも、価格と安心が購買の決め手だという報告と揃います(参考: 7)。逆に高級レストランや直販のように作り手の顔が見える売り先ほど、香りや鮮度といった尖った一点を評価してもらいやすい——これは数字で持っている話ではなく、僕の肌感です。だから「どの食味要素なら単価に変わるか」は、売り先を決めた時点でかなり絞られてくる、と見ています。
「強くやりすぎると日持ちを壊す」は、実際に観察されています。レタスに遠赤色光を足して育てると、収穫時のフェノールやフラボノイド、カロテノイドといった機能性成分が下がる。しかも保存温度の管理が甘いと、そのぶん傷みが早くなって見た目の品質も落ちる(参考: 6)。味や成分を一方向に攻める操作は、たいてい棚持ちや外観のような別の指標と引っ張り合いになります。だから「効かせれば効かせるほどいい」ではなく、効く窓と、そのとき何を犠牲にしているかをセットで握っておく。単価を取りに行く操作ほど、補光や手間という追加コストと、再現性・日持ちのブレを管理する話が、必ずセットになるのです。
単価が乗るのは味ではなく狙いの一貫性
ここで経営的なところも一つ。「味を磨けばプレミアムで売れる」と思って投資する――よくある話です。ところが実際には、値付けが購買の決め手になる。しかも同じお客さんの中には「工場ものは味が心配」という気持ちも残っている。味を上げたぶんが、そのまま単価に乗るとは限りません。

それともう一つ、作り手として確かめておきたいことがあります。狙って操作すれば必ず味が動くのか。それとも、いくら振っても味の差が出にくい作物や指標があるのか。
狙えば必ず動く、わけではありません。よく効くのは葉物の甘みやえぐみで、ここは収穫前の管理で素直に振れます。一方で香りは、品種が持っている上限に頭打ちされやすい、というのが葉物を作ってきての手応えです。運用をどれだけ締めても、もともと香らない品種は香りにくい。指標で言えば、糖度は動かしやすい反面、食感や日持ちと喧嘩しやすく、甘みを攻めるほど水っぽく崩れやすい印象があります。そこで「動く軸」と「動かない前提」を最初に切り分けます。動かない前提、つまり品種とその施設の素性は、味の上限としてまず受け入れる。そのうえで、動く範囲を運用で攻めます。
経営の話もここに重なります。味そのものが単価に乗りにくいのは、買い手が味の差を測れないからです。けれど狙いの一貫性——「この施設は香り」と決めて、毎回それを安定して出せること——は、安定供給やブランドという形で乗りうる。だから売るのは味そのものではなく、ブレない狙いのほうです。プレミアムが乗るのは、上手い回ではなく、ブレない回なのです。
味そのものが単価に直結しにくいことは、消費者調査の側からも裏が取れます。植物工場野菜では価格が購買意図の決め手になっているという報告が複数あり、同じ調査では回答者の6割以上が何らかの懸念を抱えていました(参考: 7)。日本でも同じ傾向の報告があり、栄養価が購買意欲を押す一方で、鮮度への不安が受容の壁として残ると指摘されています(参考: 8)。つまり買い手は、味そのものより「安心して選べるか」を、価格と一緒に見ている。だから味を磨いた分を素直に値段へ乗せるのは難しい。ただし所得や関与の高い層、有機やブランドを重視する層ほど前向きに払う傾向もあり、そこでは狙いの一貫性が値段に乗りやすくなる。どの市場を相手にするか次第です(参考: 7, 9)。
狙っても動かない作物・指標があることも、押さえておきたい。トマトで植栽密度や房数を変えても、キュウリで養液管理を変えても、果実の基本的な品質指標(可溶性固形分や酸度)はほとんど動かなかった、という報告があります(参考: 10, 11)。これは果菜の例ですが、操作すれば必ず味が動くわけではない、という構造は葉物でも頭に置いておきたいところです。また、水耕で育てたレタスのフェノール含量が、養液由来の違う育て方(アクアポニクス)でも変わらなかった、という比較もあります(参考: 12, 13)。「無土壌だから栄養や味が落ちる」わけではない。代わりに「操作すれば必ず動く」わけでもない。動かない指標に単価を賭ければ、努力が報われないまま終わってしまいます。
最初の一歩は操作でなく自分の品種・施設の素性を知ること
これから品目を決めようとするとき、最初にやるべきことは何か。いきなり光や肥料をいじる前に、ここだけは押さえておきたい一歩があります。
甘み・えぐみ・香りのどれを狙うかを決めるより前に、まず自分の品種とその施設が「何なら出せて、何は出せないか」を知る。光や肥料をいじるのは、自分の品種・施設が何を出せて何を出せないかが分かってからです。
やることはシンプルです。最初の数作は狙いを振らず、同じ条件で淡々と作り、素のまま食べてみる。すると「この品種はもともと香らないな」「甘みは素直に乗るな」という素性が見えてきます。それが、動かない前提になります。ただし、これは出荷を止めて実験するという話ではありません。ふだんの出荷と並行して、その回の野菜を素のまま味見していくだけです。収穫前だけ施肥を止めるような操作を試すなら、タンクを共有している施設では止める区画とそうでない区画を分けられるか、というゾーニングの段取りも要ります。
そこを見ずにいきなり操作から入ると、品種が持っていない味を運用で出そうとして、延々と空振りする。最初の一歩は、操作することではなく、自分の品種・施設の素性を正しく知ること。動かせる軸が分かって初めて、どこに一本立てるかを選べます。そうして初めて、「工場ものは水っぽい」という一言にも、方式のせいではなく狙いの問題だと返せるようになる。順番を逆にしないこと。それが、いちばんの近道です。