現場管理技術
植物工場のCO2と空調:1000ppmでも奥が伸びない理由
点検表は、今日も全部に丸がついています。CO2は1000ppm、空調は設定どおり。数字の上では、現場は合格しているはずです。ところが収量は、その合格点に見合っていない。施用量を増やしても途中で頭打ちになり、棚の場所ごとに育ちのムラが残る。原因は、たいてい一つひとつの設備ではなく、設備と設備の「あいだ」にあります。CO2施用設備と空調機を別々に動かしているかぎり、見落とされ続ける場所です。そのあいだを流れているもの、つまり気流を一本の管として捉え直すと、頭打ちの理由も、連動設計の勘どころも、コスト回収の見通しも、つながって見えてきます。
ただし先に断っておくと、奥の列が鈍る原因は気流だけではありません。光の端での落ち込み、局所的な温度や湿度のムラ、根もとの給液のばらつきでも同じ症状は出ます。だからこの記事の本当の入り口は「奥が鈍ったら、まず気流・光・温度・給液のどれが効いているのかを切り分ける」ことで、気流はその候補の一つです。そのうえで、見落とされやすい気流の筋を一本通して見ていきます。
メーターは1000なのに奥の列だけ伸びない
奥の列だけ、伸びない。メーターは1000ppmを指しているのに、です。
植物工場では、CO2は「1000ppmに保つ」、空調は「設定値を守る」というふうに、それぞれ別の担当・別のメーターで回していることが多いものです。だからCO2を1000ppmで保っているはずなのに伸びが鈍る区画があると、最初は光合成が頭打ちになったのかと思います。でもよく見ると、同じ部屋の中でも空調の吹き出し口に近い列はそうでもなく、遠い奥の列だけが鈍っている。こうなると、これはCO2の問題というより、空気が動いているか動いていないかの話です。葉のまわりだけ濃度が薄くなっている、というように。
完全人工光型の葉物で、光がLEDで一定なら、列によって伸びが違う原因を「光が足りない」では説明できません。メーターは1000を指していても、それは部屋のどこか一点の値であって、奥の列の葉の周りが同じとは限らない。問題は「葉のまわりに実際どれだけ届いているか」なのに、部屋の一点のメーターと、CO2施用機・空調をそれぞれ別々に見ている限り、その差は見えてこないのです。
葉のまわりに届くかは量ではなく気流で決まる
光合成が回っている葉は、表面のすぐ近くの二酸化炭素を吸い、そこに薄い膜のような層をつくります。葉面境界層と呼ばれるもので、ここが動かない空気だと、吸われた分が補充されず薄いままになる。葉の周りの濃度は、結局「葉が吸った分を、空気がどれだけ運び直してくれるか」の引き算で決まるのです。部屋のメーターが1000ppmを指していても、奥の列の葉の表面では600〜700ppmくらいまで落ちていてもおかしくない、と私は見ています。心当たりはないでしょうか。

つまり、CO2の量の問題に見えて、実は「運ぶ仕事」の問題です。施用機をいくら増やして部屋全体を1200、1300ppmにしても、葉の周りに動きがなければ境界層は薄いままで、奥の列はやはり鈍いまま。逆に、吹き出しに近い列は弱い気流でも空気が入れ替わるので、同じ1000ppmでもちゃんと届いています。
もっとも、列ごとのムラは気流だけで決まるわけではありません。光の端での落ち込みや、局所的な湿度差、根もとの給液のばらつきでも起こります。気流はそのうちの一つで、だからこそ後で触れるように、思い込みで決めつけず、測って切り分けることが要ります。
葉のまわりの濃度が崩れる経路は、施用のしかたによって二通りあります。一つは、部屋全体に均一に施用しようとして、出てきたCO2が高温で軽くなり、対流で上のほうに集まってしまう現象。温められて軽くなったCO2が浮力で上に溜まるという物理で、これは温室を対象にしたCFDのシミュレーション研究で観察されています(参考: 1)。もう一つは、奥の列のように空気が動かない場所で、葉が吸った分が運び直されず境界層が薄いままになる現象です。前者は「上に逃げる」、後者は「届いても入れ替わらない」で、起きていることは別ですが、どちらも「部屋の一点メーター=葉面の濃度」という思い込みが崩れる例だという点で共通します。温室と閉鎖型では型式が違うものの、軽くなった気体が上方へ集積する物理そのものは型式を問いません。だから、作物の近くに局所的に届ける施用にすると、葉の周りの濃度だけは上げられる。どれだけ届くかは、送り込む量ではなく、施用の方式や気流の作り方で決まるのです。
しかも、室内の温度や環境は場所によってかなり差が出るため、一点だけのセンサーでは部屋全体の均一さを代表できず、複数の点で見ないと本当のムラは掴めないと、実測でも報告されています(参考: 4)。一点のメーターを信じすぎないというのは、勘ではなく測り方の理屈なのです。
風は総量ではなく配り方で効かせる
奥の列の風を強くしようと空調の風量を上げると、今度は除湿のほうも一緒に変わってしまう。こんな経験はないでしょうか。蒸散で上がった湿気を取るために風を回しているのに、その同じ風で奥にもCO2を届けようとすると、近い列の葉が乾きすぎないか気になってくる。風は一個のつまみで全部つながっていて、奥を立てると手前が立たず、湿度を取りにいくと別のところが動きます。

この「ひとつのつまみで全部つながっている」感覚が、葉物の難しさです。風量を上げて奥に届かせると、手前は風が強すぎて蒸散が進み、乾きすぎのほうに振れる。同じ一本の管をいじっているからです。
ただ、ここで「風の総量」と「風の配り方」は別だと分けて考えたいところです。風量という総量のつまみだけで奥を立てようとすると、手前が犠牲になりやすい。本当に効くのは配り方のほうで、ここは空調本体とは別に手を入れられます。たとえば奥の無風帯にだけ小さな循環ファンを足して空気を撹拌する。これは除湿のための主気流とは独立に、奥の境界層だけを動かす仕事です。総量を上げずに、薄くなっている一点だけ運び直すわけです。ただし風は葉に直接当て続けず、植物の上や横から流すこと。直射を続けると葉が傷みます。
そしてつまみが全部つながって見えるのは、湿度をいつも「風で取る」前提に立っているからでもあります。除湿の仕事を風量に背負わせている限り、湿度を取りにいくたびに風が動いて光合成側も揺れる。ここで、専用の除湿能力がある設備なら、部屋全体の絶対湿度を下げる仕事はその除湿能力に寄せられます。ただし、葉のまわりにたまった水蒸気を運び出すのは、やはり気流の役目です。だから除湿の主役を空調機側に移しても、葉面の撹拌役としての風は別に要る。つまみを「部屋全体の湿度」と「葉まわりの空気の入れ替え」の二つのスケールに分けて考える、という形になります。葉のまわりの湿度そのものをどう設計するかは、飽差(VPD)の設計として別に踏み込む価値があります。
配り方を実際に詰めるとき、私が人工光型の現場で頼りにしてきたのは、いくつかの単純な置き方です。送風機は向かい合わせに配して、互いの風が打ち消し合わずに部屋を一巡りするようにする。風が回り込みにくいコーナーは、淀みの常連なので重点的に当てる。多段ラックの棚と棚のあいだには、補助の小型ファンを差し込んで層ごとの入れ替えを助ける。そして、ラックの層間の温度差をならしたいなら上下方向の風、広い単一の栽培ベッドを均一にしたいなら水平方向の風、というように向きを使い分ける。多くの場合、この二つを組み合わせて初めて死角が消えます。どれも大がかりな設備ではなく、配り方の調整です。
実験でも、密閉型のチャンバーで葉物を育てると、葉のあたりの気流速度がだいたい0.3〜0.5 m/sのときに生育がいちばん良く、0.6 m/sを超えると風が強すぎてかえって乾物重が落ちるという結果があります。同じ単一施設の実験で、生育ステージの差などの交絡は残るものの、気流を均一化すると株のばらつき(乾物重の標準偏差)が、およそ23%から半分近くまで下がり、株のそろいが良くなったと報告されています(参考: 5)。風は強ければいいのではなく、薄いところに過不足なく配るものなのです。
CO2を足して効く範囲と回収できる見極め
葉のまわりに過不足なく届ける、ここまでが配り方の話でした。気流が整って、ようやく「CO2をどこまで足すと効くのか」を素直に論じられます。逆に言えば、運搬が詰まったまま濃度の話だけしても始まりません。そのうえで、ここからはお金の話です。捉え方を二段に分けて考えてみましょう。
まず大前提として、CO2を足して効くのは「ほかが律速していないあいだだけ」です。完全人工光の葉物は光も温度も一定で管理しているので、その条件で光合成が使えるCO2には上限があります。だいたい外気の400から足した分だけ素直に伸びますが、ある濃度から上は曲線が寝てきて、足しても収量の増分はどんどん小さくなる。これが頭打ちの正体で、ここから先は「払うだけ」に近づいていきます。
その「ある濃度」がどこかというと、実際、ある水耕レタスの実験では、CO2を500から800µmol/mol(ppmとほぼ同じ目安です)に上げると生鮮重・乾物重が増えるのに、800から1200へさらに上げても追加の増加は見られなかった、という飽和のパターンが報告されています(参考: 6)。文献の目安でいえば、飽和は800前後から始まる、ということです。ただし、この飽和点は品種や光量しだいで動き、800を超えても増えたという報告もあるので、あくまで一つの目安です。別の研究でも、CO2を上げると光合成速度は確かに上がるものの、その効き方は光の強さや光源の組み合わせ次第で、群落として見ると濃度を上げるほど飽和に近づいていく、と実測・モデル化されています(参考: 7, 8)。
ですから経営判断としては、文献が示す800前後の飽和を踏まえつつ、運転の狙いは1000前後に置く、というあたりが落としどころになります。800で飽和し始めるからといって800で止めるのではなく、現場のムラを織り込んで少し上に余裕を見る、その程度の上乗せです。狙いを1200、1300と引き上げるのは、文献の飽和点から見てもう「払うだけ」の側で、慎重にいくところです。
ただ、ここで前半の話とつながります。メーターの数字と、葉が実際に吸えている量はずれる。もしメーターが1000ppmでも、奥の列の葉がそれより低い量しか吸えていないなら、その奥の列では頭打ちはまだ来ていません。来ていないのに「CO2を足しても伸びない」という頭打ちの顔をして見えてしまう。これがいちばんお金を捨てるパターンです。本当はCO2が律速ではなく運搬が律速なのに、施用機を増やしたりボンベ濃度を上げたりして、効かない投資を重ねてしまう。月末の費目では「CO2代は増えたのに収量は変わらない」という、回収できない数字だけが残ります。
ですから費用対効果の見方としては、まず律速がどこにあるかを切り分けるのが先です。奥の列が鈍り、垂らした紙や二点の測定で無風が確かめられた現場に限れば、最初に足すべきは高いCO2ではなく、奥の淀みに向きを変える、あるいは数千円から一万円台の小ファンを足すほうかもしれません(この確かめ方は次章で触れます)。これは葉まわりの運搬を直すので、CO2の効率そのものを上げます。すでに足したCO2が効くようになる投資です。順番を逆にして、運搬が細いまま濃度だけ上げると、薄い葉面境界層をはさんで濃いCO2を部屋に溜めるだけになり、施用機もボンベも電気代も全部「払うだけ」に回ってしまいます。
電力はそもそも重い費用です。人工光型の垂直農場を対象にしたレビューによれば、電力は生産コストのおよそ2〜4割を占め、そのうち照明が8〜9割弱を使うとされます(参考: 9)。これは業界文献での値の幅であって自施設の比率そのものではありませんが、空調や照明の電力が運営コスト全体の中でも厚い層であることは動きません。なお、奥の淀みに向ける小ファンの追加電力は、この空調・照明の総量に比べれば桁違いに小さく、ここで悩む大きさではありません。問題は、その電力で作っている気流が、葉に届く前に淀んで無駄になっていないか。電気代という重い費目の効きが、結局は気流の届き方にかかってくるのです。
回収の物差しとしては、CO2の費目を単独で見ないことです。ボンベ代・施用機・除湿電気代を別々の費目で最適化すると、さきほどの綱引きと同じで、どれかを削るとどれかが効かなくなります。見たいのは「投入した一円が、葉が実際に吸えるCO2に変わっているか」という一点ですが、葉の周りの有効なCO2を直接測るのは簡単ではありません。ですから現実には、列ごとのCO2濃度差と収量差の重なりで間接的に当たりをつけることになります(その測り方は次章で触れます)。そこが運搬で詰まっている限り、どの費目をいじっても回収は鈍いままです。逆にそこが通っていれば、1000ppm程度の控えめな施用でも、足した分はきちんと収量と粗利に乗ってきます。設備投資として何年で取り返すかという複数年の利益率での回収を見るときも、まずこの一点が通っているかが前提になります。頭打ちと運搬詰まりを取り違えないこと、これが払うだけにならない一番の分かれ目です。
律速を安く見える形で示し専門家に渡す線引き
小ファンを一台足したい、あるいは送風の向きを変えたいと提案しても、上の立場からすれば「それで本当に収量が上がるのか」という話になります。葉のまわりのCO2が薄かった、というのも、きちんと測らなければ「気のせい」で片づけられてしまう。律速がどこにあるかを、どうすれば人に見せられる形にできるのか。では、現場でどこまで測れて、どこから先が専門家や設備の話になるのか。その線引きを、三段に分けて考えていきましょう。
まず、現場で安く確かめられる範囲です。「気のせいかもしれない」を「気のせいではない」に変えるだけなら、高価な機材は要りません。手をかざして風を感じる。あるいは、細く切った軽い紙やティッシュを棒の先に貼って、葉の高さでかざす。これだけで、奥が無風であることは誰の目にも映ります。動画に撮れば、そのまま上の人に見せる材料になる。手前では紙がはためき、奥では垂れたまま動かない。その一片で「運搬が細い」ことは十分に伝わります。
そこに数字を足したいなら、ハンディのCO2センサーと風速計を一台ずつ用意します。数千円から一万円台で手に入り、同じ高さ・同じ葉の位置で手前と奥を測って並べます。部屋のメーターは1000ppm、でも奥の葉のところは目に見えて低く、風速もほぼゼロ。この二点を並べた表が、いちばん効く見せ方です。センサーが一台しかなくても、手前と奥を時間をずらして順に測れば、近いことはできます。風の通り方は棚や送風機の置き方で決まるので、設備が同じなら日々ふらつくものではありません。だから風速を測るのは律速を切り分けるとき一度で足りて、毎日見張る種類の数字ではありません。
そしていちばん大事なのは、その測定を収量と突き合わせることです。効くのは濃度の数字そのものよりも、奥の列の収量が手前より落ちているなら、その「奥だけ収量が低い」という事実と、「奥だけCO2が薄く、無風である」という事実が、同じ場所で重なるという対応です。逆に、収量はそろっているのにCO2と風速だけがずれているなら、律速は気流ではない別のところかもしれません。だから重ねて見るのです。小ファンを一台入れる、あるいは向きを変えるなら、その前後で奥の列の収量を比べる小さな試験をしてみましょう。一区画だけ先に直して、隣の手つかずの列と比べるのです。そうすれば、一万円台のファンの是非を、もともと取っている収穫データで判断できます。
ここから先が、専門家や設備の話になる線です。現場で回せる範囲と、外に渡す範囲とを分けて考えます。二点・三点で薄い場所を見つけるところまでは現場の仕事ですが、部屋全体で風がどう回っているかを面で押さえたいとなると、多点を同時に取り続けるモニタリングの領域になり、測定の専門家の手に渡ります。点で当たりをつけるのが現場、面で設計するのが専門家です。また、循環ファンの追加や向きの調整といった「配り方」は現場で回せますが、空調機そのものの能力や吹き出しの位置・台数を変える、除湿の主役を風量から除湿能力に移す、といった「総量」側の設計変更は、設備の改修になります。そして、棚の組み方や部屋の形のせいでファンを足しても風が回らない、というところまで来たら、気流そのものを計算で設計するCFDの世界です。投資判断の大きさが変わるので、現場での紙の動きと二点測定で「明らかにおかしい」ことを示したうえで、専門家に渡します。
実際、CFD解析を使った研究では、吸排気口の位置や構造を設計し直すと、室内の気流分布の均一さを大きく改善できることが示されており、LEDの放熱(廃熱)を気流設計に活かすことも含めて冠層の気流を整える設計戦略の指針になると報告されています(参考: 2, 3)。淀みが構造的に消えない段階で専門家に渡せば、勘ではなく計算で配置を詰め直せます。逆に言えば、そこまでの当たりつけは、現場での紙の動きと二点測定で十分にまかなえるということです。
結局のところ、現場でやるべきは精密に測ることではなく、「ここが律速だ」という当たりを、誰でも見える形で安く示すことです。紙の動きの動画、二点のCO2と風速、一区画の収量比較。この三点セットで多くの場合は十分であり、それでも説明しきれない構造の問題が残ったときに、はじめて専門家にバトンを渡せばよいのです。最初から大がかりな測定や改修に入ってしまうと、律速ではないところにお金を払うことになりかねません。
なお、CO2をどう供給するか、つまりボンベか、液体炭酸タンクか、燃焼式の発生装置かといった装置の選び方も、規模やコストで分かれる論点ではあります。ただ、それは気流が通っていることを前提にした次の段の話で、どの方式を選んでも、葉のまわりに運べていなければ効きは同じように損なわれます。装置の比較は、この記事の本筋(運搬が律速か濃度が律速かの切り分け)が済んだあとに、別途詰めれば足ります。
CO2と空調を、別々の費目・別々の設備として見るのをやめて、気流という一本の管で葉の光合成へとつなげて読む。そうすれば、奥の列が鈍ることも、お金が回収できないことも、専門家に渡すべき場面も、すべて同じ一つの連鎖の上で説明がつくのです。